野心的な本格ミステリも多数発表

 ちなみに著者は本格ミステリ作家クラブの発起人の一人であり、本格ミステリの意匠をまとった作品群も手掛けている。十五歳で初めて書いた小説(第四回横溝正史賞投稿作)を原形とする『鬼流殺生祭』は、明治ならぬ明詞を背景にした時代ミステリ。帝都東京の武家屋敷で青年軍人が殺され、調査を任された公家の三男坊・九条惟親が博学の変人・朱芳慶尚に協力を仰ぐ物語だ。その続篇『妖奇切断譜』は美女のバラバラ殺人が相次ぎ、遺体の一部が稲荷に捨てられる怪事件に九条と朱芳が挑む話。二〇〇四年刊の作家ガイド本『貫井徳郎症候群』では「作者自身の偏愛ナンバーワン作品」とされている。「シリーズ第三弾は『絡繰亭奇譚』というタイトルで構想しています」という文言もあるが、これは未だに執筆されていない。

 一章ごとに語り手が変わり、各々が教師殺害事件を推理する『プリズム』は、アントニイ・バークリイの『毒入りチョコレート事件』を踏まえた多重解決もの。傲岸なミステリ作家・吉祥院慶彦を探偵役とする『被害者は誰?』は、パット・マガーの『被害者を捜せ!』『探偵を捜せ!』『目撃者を捜せ!』を発想元として、ユニークな趣向を凝らした軽快な連作集。古典の発展型だけではなく、VRゲームと連続殺人を絡めた『龍の墓』のような作例もある。野心的な本格ミステリも少なからず書いているのだ。

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 念のために断っておくと、貫井作品には他の系譜もある。心臓移植を受けた大学生が己の変化に気付く『転生』、時を渡る少女が殺人容疑者を救おうとする『さよならの代わりに』、詐欺師と少年が狂言誘拐を企てるユーモアミステリ『悪党たちは千里を走る』、帰国子女の学生生活を爽やかに描く『明日の空』などがそれだ。著作の全体像を把握するには、これらのバリエーションにも留意する必要があるだろう。

『紙の梟 ハーシュソサエティ』(文春文庫)