市民感情vs.死刑廃止論
これまでの四篇とは趣が異なり、本作では市民感情と死刑反対論――処罰と寛容の物語が正面から掘り下げられている。文藝春秋のサイト『本の話』のインタビューで、著者は「思考実験的な感覚でアイデアを練りました」が「僕らをとりまく社会がしだいに感情的になり、不寛容になり、架空の思考実験だったはずの物語設定に、現実のほうが追いついてきたという感覚もありました」と述べている。そして「死刑を扱う以上、正面からテーマに向き合う一作を書かないと、“答えの欠けた本”になるような気がした」と考え、死刑についての本を読み漁り、笠間の思考や行動を描くうちに「『そうか』と腑に落ちる瞬間」に辿り着いたという。「最初の四作が問いかけだとすれば、七年をへて書いた『紙の梟』はそれに対する答えになっていると思います」という言葉は、本書が二部構成を採った理由にも通じるだろう。明確な意志をもって回答を示し、重量感のある着地をもたらした連作の大黒柱である。
犯罪と刑罰、加害者と被害者といったモチーフは、著者がこれまでに幾度も扱ってきたものだ。『慟哭』と『神のふたつの貌』で宗教、『殺人症候群』と『空白の叫び』で少年犯罪の位置づけを変えたように、作品ごとに自分なりの答えを出しながらも、著者は特定の立場に拘泥することなく、新しい観点を模索してきた。これは一つの見方を押しつけず、結論を読者に委ねるスタンスに繋がる。複数の視点から主張を相対化する作品が多いことも、そんな価値観や感性に由来するはずだ。柔軟かつ真摯にテーマと切り結んだ筆歴を辿ることは、貫井作品を深く愉しむための有効な方法に違いない。
手短に整理していえば、第四話までの「I」は法の運用が異なる社会の推理ゲームと思考実験、間を置いて書かれた「II」は処罰と寛容というテーマに挑む重厚なドラマになっている。現実と地続きの社会派テーマを題材として、本格ミステリとパニック譚を提供したうえで、誠実なストーリーを通じて答えを示す。著者が複数の持ち味を積み重ね、高いレベルで結合させた成果が本書なのである。
世評の定まった作家ゆえに、初刊時に地味な印象を持たれた感は否めないが、本格ミステリと社会派の技量を併せ持つ作家・貫井徳郎の新境地がここにある。文庫化を機に広く読まれることを期待したい。
(書評家)
福井健太
早稲田大学在学中はワセダミステリクラブに所属。おもに書評や文庫解説、コミック・ゲーム関連の原稿を手がける。『本格ミステリ鑑賞術』で第13回本格ミステリ大賞評論・研究部門を受賞。