『彼女は頭が悪いから』(姫野カオルコ 著)

 2年前、大学生らによる集団暴行事件や疑惑が立て続けに報じられた。慶應大学の学生による集団暴行疑惑。千葉大医学部の学生らによる集団強姦事件。エリート大学生によるこれらの事件は当時、衝撃をもって受け止められた。だが最も大きなインパクトを与えたのは、日本一を誇る超エリート大学の学生らが起こした「東大わいせつ事件」であることは間違いない。

 加害者5人は女性との出会いを目的としたサークルを立ち上げ、飲み会で女性に無理やり酒を飲ませ強制わいせつ行為に及んだ。「頭が悪いからとバカに」し、「場を盛り上げるため」に女性の服を脱がせて叩いたり、熱いカップラーメンの汁をかけたり、肛門を割り箸でつついたりして虐めていたのである。私は当時この事件を取材し、ある月刊誌にまとめた。本書は直木賞作家の姫野カオルコさんが、この「東大わいせつ事件」に着想を得て創作した純粋なフィクションだ。

 東京・広尾にある公務員宿舎に育ち、すんなりと東京大学理科I類に進学した竹内つばさ。横浜・あざみ野のサラリーマン家庭に生まれ育ち、ふつうの女子大に進学した神立美咲。ふたりは偶然出会い、そして淡すぎて透明かと思うほどの淡い恋をした。

ADVERTISEMENT

 つばさは大学の友人らが立ち上げたサークル「星座研究会」のメンバーとなる。表向きは星座について語り合うサークルだが、実態はいわゆる“ヤリサー”だ。ところが別の女の子へと気持ちが移ってしまったつばさは、サークルの飲み会に美咲を呼ぶ。そして酒を飲ませ、仲間と一緒に辱めた。

 経済的に恵まれた家に育ち、東大生となった彼らは「東大ブランド」の威力を徐々に知り、それを振りかざすようになる。調子に乗った彼らに驚き呆れもするが、しかしつばさたちに批判的な目を向ける私のような読者に本作が問いかけてくるのはここからだ。

 事件のニュースを知った人たちが、ネット掲示板で美咲を「東大生狙い」の「勘違い女」扱いするのである。そして報道の内容だけで、被害者である美咲と加害者のつばさ達をランク付けし「東大生が女子大生に将来を台無しにされた」と決めつける。本作は読み手の無意識下にあるブランド意識、学歴至上主義を引きずり出し、お前は加害者と何が違うのだと問いかけてくる恐ろしい「非さわやか」小説だ。

 モデルになった実際の事件の加害者らの動向を追ったところ、1人は名前を変え、東大ブランドを前面に押し出して活動していることを知った。その現実に私はまた恐怖したのである。

ひめのかおるこ/1958年、滋賀県生まれ。90年スラプスティック・コメディ『ひと呼んでミツコ』で単行本デビュー。『昭和の犬』で第150回直木賞を受賞。著書に『受難』『ツ、イ、ラ、ク』『ハルカ・エイティ』『リアル・シンデレラ』『謎の毒親』など。

たかはしゆき/裁判傍聴人、フリーライター。著書に『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』など。

彼女は頭が悪いから

姫野 カオルコ(著)

文藝春秋
2018年7月20日 発売

購入する