「闘わない人」の「闘わない物語」に安心する人も

 こうした作風は、『虎に翼』『あんぱん』との決定的な違いを生んでいる。『虎に翼』の主人公は、「はて?」という口癖で既存の価値観や差別を問い続け、当時「正しい」とされていた社会のあり方に疑問を投げかけた。

『あんぱん』の主人公は「正義なんか信じちゃいけないんだ。そんなもの、簡単にひっくり返るんだから」と語り、「逆転しない正義」を探した。いずれも正義感が強く、「闘う人」の物語だった。

 対して『ばけばけ』の登場人物達は、世の中のうらめしさを嘆き、はかなみ、日々をひたすら懸命に生きるばかりの、「闘わない人」である。

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『虎に翼』『あんぱん』が描いた反戦の思い、現代にも地続きの問題を提示した意義は大きい。しかし同時に、そうした「闘う物語」に息苦しさを感じた層もいた。

 かつて『おしん』の時代は、貧困はエンタメ的に消費できるものだったのかもしれない。しかし、現在進行形で底なしの貧困化が進み、分断や格差を痛感する視聴者が多いからこそ、そうしたどうにもならない日々の中で一生懸命生きる姿を笑いに変える『ばけばけ』に安心する人は多いだろう。

「昔に帰りたい」と時代を呪ってばかりの人々も愛おしく描かれる 公式Xより

 近年の朝ドラは戦争を描く昭和モノや実在のモデルがいる物語のほうが視聴率も評判も高い傾向があるが、それでも完全なオリジナルの現代モノも何作かに1つは作られる。この振り幅の大きさこそが、朝ドラが60年以上続いてきた要因だ。

「うらめしい」状況で必死に生きる人々の可笑しさ・美しさは、ただそこに生きる人々を愛おしむものだ。問題は何も解決しないけれど、そんなうらめしい中にも笑えること、楽しいことはある。夢を叫ばなくても、特別なことを成し遂げなくても、普通に生きていることそのものに価値がある――それは、いま苦しい人たちへの静かながらも確かな救いとなるかもしれない。

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