ルッキズム問題への思いと発信

 トレイシーのキャラクターはまさに渡辺自身と重なる。人を容姿で判断して差別や偏見を助長するルッキズムの問題は、当時よりお笑いの世界でも懸案となっていた。渡辺もワールドツアーで自分の体型をネタにするときは気を遣ったという。このとき、レディー・ガガのモノマネをする彼女を屈強な男性二人が持ち上げるも、5センチしか上がらないというネタがあった。観客の反応が心配されたが、いざアメリカで披露したところ《死ぬほどウケたんです。あ、日本では自虐だけど、こっちでは魅力になるんだなって。笑ってる人は、バカにしてるんじゃなくて、「やられたぜ」っていう、そっちだと思ったんですね》と話す(『AERA』2017年12月4日号)。

ミュージカル『ヘアスプレー』(2022年上演)

 とはいえ、当事者ではない人が容姿をいじるのは難しいとして、《昔の感覚でいじってる人を見ると、えっ、笑えないみたいな。だからうちら若手の感覚で、そういう差別的なものをどうやってなくしていくかっていうことかなと思います、今後は》とも語っている(同上)。

「見た目の奥がわかるような人間になりたい」

『ヘアスプレー』と同時期、2020年から翌年に延期された東京オリンピックの開会式にも渡辺は出演が予定されていたが、そこでもルッキズムの問題が持ち上がったことは記憶に新しい。このときは、開閉会式の演出を統括していたクリエイターが彼女の容姿を侮辱するようなメッセージを演出チーム内に送っていたことが発覚し、辞任に追い込まれた。

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 思いがけず騒動に巻き込まれた彼女は、事態を受けて自身のYouTubeチャンネルで、《体型のことをどうこう言う次元じゃないですよ、もう2020年代に入りましたから。見た目の奥がわかるような人間になりたいと思う》と語り、それがわからない人がいたら頭ごなしに怒るのではなく、話し合うことが大事だと強調したうえ、この件が報道されることによって傷つく人がいるので、これ以上報じられないよう祈った(2021年3月19日配信)。

渡辺直美のXより

「表舞台の活動をいったん休憩して…」今後の展望は?

 時代の変化に合わせながらも、自分のスタイルを確立し、発信を続ける渡辺はいまや世界中から注目される。昨年、イギリスの公共放送BBCが世界各国で社会に影響を与えた人物を挙げる「100人の女性」の1人にも選ばれた。今年3月にはレディー・ガガへのインタビューがYouTubeで実現し、9月からはNetflixの配信ドラマ『ウェンズデー』シーズン2のパート2でガガが演じるロザリン・ロットウッドの日本語吹き替えにも挑戦している。

YouTubeでレディー・ガガと共演(渡辺直美のインスタグラムより)

 渡辺は5年ごとのスパンで物事を考えることが多いという。ニューヨークに移住したころには《2年後の35歳までにはこちらで仕事の基盤をつくり、40歳までにはなにかしらの結果を残せたらいいなと思っています。その後は、表舞台の活動をいったん休憩して、今度は映画や音楽やファッションといったエンターテインメントの裏方として、プロデュース業もやってみたい》と語っていた(『Pen』2021年8月号)。

 もっとも、先述のBBCの「100人の女性」に選ばれた際のインタビューでは、職業を訊かれて「ただ一言、コメディアンです」と答え、自分のすべての仕事のベースにコメディアンがあると話しているのを見ると(「BBC News Japan」YouTubeチャンネル、2025年3月3日配信)、完全に裏方に回るつもりはないのだろう。来年開催する東京ドームライブは、40歳を前に“コメディアン・渡辺直美”の一つの集大成となりそうだ。

来年2月に東京ドーム公演を予定
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