人気絶頂で渡米を決意した理由は…
これと並行して2011年10月からは『いいとも!』に今度は月曜レギュラーとして復帰する。先に「いいとも少女隊」として裏から出演者を見て勉強させてもらったことが、このとき生きたという(『SWITCH』2013年2月号)。だが、『ピカルの定理』は2013年9月に終了、半年後の2014年3月には『いいとも!』も最終回を迎える。渡辺にとって大きな存在だった番組が立て続けに終わり、手持ちのカードは全部使い切ったという心境であったらしい。
「帰ってきても仕事はないぞ」「じゃあバイトから始めます」
このあとニューヨークへ3ヵ月留学したのも、これから芸能界という大海原を一人で船を漕いでいくのに「自分には武器が足りなすぎるのではないか?」と思ったからだった。そこでいったん立ち止まり、いま吸収できることをしようと、ダンスと英語を本格的に身につけるため渡米を決める。とはいえ、会社(吉本興業)に申し出たときは猛反対されたという。
《それでも行こうと決めたのは、会社の言い分に反論できる自分がいたから。それができないようなら、自分の気持ちもまだまだだなと、行くのをやめようと思っていたんですけど。『帰ってきても仕事はないぞ』という言葉に、『じゃあバイトから始めます』と返せる自分がいた。そこで決意が固まりました》(『GINGER』2020年10月号)
当の渡辺も人気が出たところで休むのは正直怖かったが、《でも、このまま何もせずに過ぎていく日々のほうが、もっと怖かった》という(『anan』2016年8月3日号)。彼女の決意に、『ピカルの定理』で共演した千鳥の大悟が応援してくれ、平成ノブシコブシの吉村崇も餞別に10万円を渡してくれた。もっとも、吉村はこのとき内心では「直美の人生は終わったな」と思っていたらしい。その予想に反して彼女は帰国してますます仕事が増えたので、「おまえ、しぶといな」と感心されたとか(『SWITCH』2023年1月号)。
留学を経て、ワールドツアーを成功させる
ニューヨークに留学して、自分をどんどん出していくことの大切さや、何事もやってみなければわからないということを学んだ。帰国後、2016年にはワールドツアーを行い、ニューヨーク、ロサンゼルス、それから台湾の台北をまわった。台北の公演には親戚も来てくれ、彼女がビヨンセを踊る姿に感動して泣いていたという(『AERA』2017年11月13日号)。
いずれの都市でも、テンションは微妙に違うものの、ビヨンセの「Crazy In Love」で登場するところから観客が笑ってくれ、渡辺の思っていた何十倍も盛り上がったという。なかでもウケたのは、観客にマシュマロと大福と肉まんを投げてもらい、口で連続して受け止める“マシュマロキャッチ”だった。

