「松村北斗ってアイドルなの?」「松村北斗って、SixTONESだったの?」
松村北斗の芝居が絶賛されるたびに、彼の本業が“アイドル”であることに驚く人たちがいる。もはやここ最近の日本の風物詩と言ってもいい。
ドラマ『西園寺さんは家事をしない』(TBS系)のときも、日本アカデミー賞優秀作品賞に選ばれた映画『夜明けのすべて』でも、岩井俊二作『キリエのうた』もそうだった。出演作が公開されるたびに、かなりの驚きの声が流れてくるため、さすがにもう知らない人はいないだろうと思っていたけれど、10月10日に幕が開いた実写映画版『秒速5センチメートル』でも、まったく同じ反応を目にした。
だがそれは同時に、俳優・松村北斗がまたもや高く評価されていることの証でもある。懸念する声のほうが圧倒的に多かった実写映画版『秒速5センチメートル』は、公開から1週間で興行収入7億円を突破。ヒット作が相次いだ今年の邦画市場の中でも、ロケットスタートを切っている。
『秒速5センチメートル』アニメ→実写の改変
東京でシステムエンジニアとして働く貴樹(松村北斗)は、30歳を目前にした今も、どこか満たされない日々を過ごしていた。心の奥底に引っかかっているのは、小学生の頃の記憶。幼い日の貴樹(上田悠斗)は、転校生の明里(白山乃愛)と惹かれ合っていたが、卒業と同時に明里が栃木へ引っ越してしまう。離ればなれになった2人は文通を始めた。そして中学1年の冬、貴樹は明里に会うため、ひとり栃木へと向かう。
日本を代表するアニメーション監督・新海誠の“原点”を実写化する。近年まれに見る難題に挑んだのは、2024年の『アット・ザ・ベンチ』で長編映画監督デビューを飾った奥山由之と、映画『雪子 a.k.a.』で今年注目を集めた脚本家・鈴木史子である。
いずれもデビューから数年の新鋭だが、原作への深いリスペクトを滲ませた奥山組の映画版は、『秒速』らしい繊細さと苦味をそのままに、より“開かれた”作品へと再構築されていた。
長年にわたって根強いファンがいる一方で、『秒速』ほど賛否が分かれる作品も珍しいだろう。要因のひとつは、主人公・遠野貴樹という人物にある。大人になっても拭いきれない初恋への想いをエモーショナルに受け取る人もいる一方で、“自己陶酔”と捉える人も少なくない。貴樹に激しく共鳴する人もいれば、筆者のように、小っ恥ずかしさを感じた人も当時いたはずだ。
しかし、鈴木史子が手がけた脚本は、原作の大部分を占めていた貴樹のモノローグをそぎ落とし、周囲との関わりの中から彼の孤独や痛みを浮かび上がらせることで、“青年の独りよがりな物語”からの脱却を図っていた。さらに評価が二分していた貴樹を、現代の観客が自然に感情移入できる普遍的な存在へと導いたのが、新海誠が全幅の信頼を寄せる松村北斗である。
