カムチャッカ半島のヒグマは「穏やか」とされるが…

ではロシアの富裕層カップル、ゾイヤ・カイゴロドワとセルゲイ・コレスニャクが旅したカムチャッカ半島は旅行先として本当に安全だったのか。

カムチャッカ半島は、手つかずの自然が残る景勝地であり、また、多数のヒグマが暮らす「クマの楽園」として知られている。約27万平方キロメートルの面積に、2万頭以上のヒグマが生息しているとされる。

カムチャッカ半島のヒグマは、他地域に比べても穏やかな性質とされる。遡上するサケのほか、豊富な自然から雑多な食料を得られるため、あえて人間を襲う必要がないのかもしれない。食料が豊富なため、他地域に比べて大型のヒグマが多いとも言われる。

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ただ、そんなカムチャッカ半島のヒグマも、人間を襲うことがある。気候変動などによりエサ不足に陥ったヒグマが凶暴化したり、突然人間と遭遇し、防衛本能を発揮することもある。

事件を受けてツアーは一時停止、ヒグマ対策が義務化

カムチャッカ半島で起きたヒグマ事件として、近年もっとも有名なもののひとつが、「ペトロパブロフスク熊事件」である。

10代の女性がヒグマに襲われ、携帯電話で母と通話しながら、自らが食害される模様を語ったという衝撃的な事件だ(事件の詳細はプレジデントオンラインの記事〈「お母さん、ヒグマが私を食べている!」と電話で実況…人を襲わない熊が19歳女性をむさぼり食った恐ろしい理由〉を参照されたい)。

ゾイヤ・カイゴロドワとセルゲイ・コレスニャクの事件後、ロシア国内では、高額なエクスペディションツアーの是非について大きな議論が巻き起こったという。ツアーの安全性はもとより、事故時はガイドやパイロットも巻き込まれる点や、救助コストは行政が負担することになる点も議論を呼びがちだ。

ロシアではウクライナ戦争以降の制裁の影響もあって、海外旅行より国内旅行のニーズが高まっており、富裕層向けの国内ツアーが盛んになっていた。ただ、事件を受けてカムチャッカ半島へのヘリツアーが一時停止されたほか、ガイド同行などのヒグマ対策が義務化されたという。

ちなみに、日本にもチャーター船で知床半島を回りヒグマを観察する高額ツアーが存在する。こうしたツアーは観光庁の監督のもとに実施されており、ただちに危険というわけではないが、一定のリスクがともなうことを理解した上で参加すべきだろう。

中野 タツヤ(なかの・たつや)
ライター、作家
出版社で書籍・Web編集者として活躍したのち独立。ヒグマ関連記事を多数手掛けた経験をもとに、日本および世界のクマ事件や、社会・行政側の対応について取材している。tatsu_naka1226@ymail.ne.jp
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