警察官時代の同期から困った新人刑事の話を聞いて……
――松嶋さんは現在、様々な警察小説シリーズを手がけられています。少し変わったキャリア警視正を主人公にした「流警」、推し活に力を入れる刑事を主人公にした「県警本部捜査一課R」、“大阪のオバチャン”感あふれる警部を主人公にした「大阪府警 遠楓ハルカの捜査日報」など……。「刑事ヤギノメ」は他のシリーズと何か違う点はありますか?
今までの作品と比べると、『刑事ヤギノメ』はちょっと雰囲気が異なる作品だと思います。タイトルからして「ヤギって……何?」という不思議な感じもありますし(笑)、主人公に特別秀でた能力をつけたのも大きいです。書いていて、自分でも楽しかったですね。
他のシリーズの主人公は、性格にはバラつきがありますが、そこまで大きな能力はつけていません。でも瞳には、「とても視野が広くて、異常に観察眼が優れている」という設定にしています。少しマンガっぽくもあるので、その分、人物造形はできるだけ「こんな人、実際にいるだろうな」と読者が思えるように意識しました。
瞳の下についている茂森という新人刑事も、実際にいると思うんですよ。ああいう……やる気はあるけど(仕事は)今一つ、というタイプの(笑)。警察学校の同期と話していると、困った新人の話を聞くこともあって、「最初に配属された所轄署でびっしり鍛えてくれないかな」と零していることもあります。だから茂森については、彼の上司になったつもりで、その苦労を想像しながら作っていきました。
ですが、読み手の世代によって受け取り方は変わるかもしれませんね。私は「茂森みたいな部下、なんとかならないかな」と思っているのですが、若い方が読んだら、瞳のことを「こんな変な上司がいたら嫌だな」と感じるかもしれない。
――瞳と茂森は、お互いのプライベートについてほとんど話さないコンビですが、話を重ねるごとに少しずつ信頼関係が強まっていくのも読みどころだと感じました。
「刑事ヤギノメ」は、警察本部ではなく、特定の地域を担当する所轄署が舞台です。他のシリーズで出てくるような本部の捜査一課は大所帯ですが、所轄署はこぢんまりしていて、全員が全員の顔を知っているような環境です。だから、所轄署の刑事課のひとつの班は、家族っぽいといいますか、まとまりのあるチームになるんですよね。新人がやってきたら「いくら困ったタイプでも指導して育てないと」という意識をもっていると思います。
やっぱり体力勝負?
――『刑事ヤギノメ』は連作短編集ですが、松嶋さんの中で思い入れのある一作などはありますか?
表題作の「刑事ヤギノメ」です。出版社からお話をいただいてから、最初にとりかかった一作なので思い入れがありますね。今回の文庫にまとまる前に、『戸惑いの捜査線』という警察小説アンソロジーに表題作を収録させていただいたのですが、警察学校の同期にも読んでもらって、嬉しい感想をもらいました。
――市内で連続放火事件が起きて、その犯人を瞳と茂森が追う話ですね。
はい。連続放火事件も、中盤にある夜間のスピード取り締まりのシーンも、私自身が実際に経験したことだったので、自然に書けました。「面白かった」と言ってくれた同期も、当時のことを思い出してくれたのかもしれません。
連続放火と夜間のスピード取り締まりは本当に大変なんですよ。放火は事件が終わるまで全署員がバタバタで忙しいですし、夜間のスピード取り締まりはとにかく寒い。凍えていましたね。
――そんな話を聞くと、やっぱり警察官は体力勝負な印象があります。
そうですね(笑)。警察学校ではそういう訓練ばかりでした。苦しい経験があったからこそ、同期とは今もやりとりがあって、友達でも家族でもない、特別な関係です。そんな中で、瞳のような人物を作れたのは面白かったです。
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松嶋さんの最新作『刑事ヤギノメ 奇妙な相棒』は11月5日より文春文庫で発売中です。
12月は「県警本部捜査一課R」シリーズ第2巻(徳間文庫)、来年1月は「大阪府警 遠楓ハルカの捜査日報」シリーズ第2巻(PHP文芸文庫)が刊行予定です。

