「歯磨きが面倒くさい、トイレに行くのが辛い。家の階段を上るのが登山しているみたいでしんどかったですね」
都内の信用金庫で働く藤井貴之さん(51歳)は、成績優秀で部下からも信頼されるエリート管理職だった。しかしコロナ禍で取引先の破綻対応や融資業務が激増し、責任とプレッシャーの板挟みに。次第に眠れなくなり、食欲も失い、10kgの体重減。やがて計算ができず、小学生レベルの漢字も読めなくなった。そして、ついに……。
社会問題化しつつある「ミッドライフクライシス」(中年の危機)に直面した50代を追った、増田明利氏によるルポルタージュ『今日、50歳になった―悩み多き13人の中年たち、人生について本音を語る』(彩図社)から一部を抜粋してお届け。なお、登場人物のプライバシー保護のため、氏名は仮名としている。(全3回の2回目/続きを読む)
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「漢字が読めなくなった」
「仕事面では数字に自信が持てなくなり、提出書類の単純な計算をするのに電卓を10回以上叩いて何度も確認しないと不安で仕方なかった。小学生でも読める漢字が読めなくなることがあり、資料にルビを振ったこともあった」
時間の感覚もおかしくなり、部下から「では30分後に」と言われても、それが何時何分なのか瞬時に理解することができなかったことも。
「元はそこそこ明るい性格だった。勤務先では同僚をよく笑わせていたし、お酒の席ではジョークを飛ばしていたりしたけど、誰かと会話するのも面倒になりました。休日でも、外出を避けて朝から窓越しに外を眺めているようになってしまいました」
食欲は更になくなり、朝は食パン1枚を食べるのがやっと。お昼はおにぎり1個と牛乳だけでも空腹を感じることがなかった。結果、体重はまた3kg減少。持っているスーツはすべてサイズが合わなくなった。
「自分でもおかしいと思っていたのですが、周囲には作り笑いをし、平静を装っていました。妻には何度も病院に行きましょうと言われたのですが、大丈夫だと頑なに拒否していた。病院へ行ったら何を言われるのか不安だったから」
もうこれは駄目だと諦めたのは、帰宅途中に帰り方が分からなくなったから。
