「軽々しく“うつ”なんて言うな」。信用金庫で働く藤井貴之さん(51歳)は、誰もが羨むエリート管理職だった。だがコロナ禍を機に心身が限界に達し、食事も睡眠もままならない日々の末、うつ病と診断された。すべて灰色に見える世界、変わっていく食の好み、そして“本当の自分”との再会とは――。

 社会問題化しつつある「ミッドライフクライシス」(中年の危機)に直面した50代を追った、増田明利氏によるルポルタージュ『今日、50歳になった―悩み多き13人の中年たち、人生について本音を語る』(彩図社)から一部を抜粋してお届け。なお、登場人物のプライバシー保護のため、氏名は仮名としている。(全3回の3回目/最初から読む

写真はイメージ ©getty

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「周囲の景色がすべて灰色に見えた」

「怖かったのは高い所へ行くと吸い込まれるような感覚になったこと。飛び降りようとかじゃないのですが」

 自宅はマンションの4階。奥さんが心配してベランダ一面に防鳥ネットを二重に張ったということだ。

「その日によって出てくる症状が違うんです。周囲の景色がすべて灰色に見えたり、反対にド派手な色になっていたりとか。同じものが沢山あるとイライラして不快になる。遊歩道に土鳩が群れていると嫌な気分になる。小鉢に入っている黒豆を見ると吐き気がしたり」

 その一方で会社や職場のことはまったく考えなかった。

「うつ病に関する本を読んだら、うつ病になると職場の人たちに迷惑をかけて申し訳ないという罪悪感が強くなると書いてあったけど、わたしの場合はそういう感情はまったく湧きませんでした。本当は仕事なんて、そんなに好きじゃなかったんですよ」

 治療開始から4か月になる藤井さんの現在の状態はどうかというと、好不調の波はあるものの快方に向かい始めている。

「あくまでも自分の感覚なのですが、調子の良いときは、元気だった頃の60%ぐらいに戻った感じです。4~5時間眠れるようになったし、頭痛や倦怠感のひどい日も少なくなっていますから」

 食欲不振も解消されつつある。朝はコーヒーや果物だけだが、昼夜は茶碗2杯ぐらいのご飯を食べられるようになってきた。