北条裕子『美しい顔』
中学生の頃、オキシドールを塗って髪の毛を脱色するのが流行った。皆、1学年上の先輩にバレずにどこまで黒から遠ざかれるかを競っていて、まるで、先輩に色彩検定をしているかのようだった。校舎ですれ違った時「おい、お前染めただろ?」と言われて、頭を下げて謝るのだけど、内心、なんで1年早く生まれただけのお前に謝る必要があるんだ、そう思っていた。
氷で冷やした耳たぶが痺れてから、友達が、耳の裏にあてがった消しゴムめがけて安全ピンで突き刺す。わざわざ冷やした意味を問いただしたくなるほどの痛みで、絶叫がマンションの自転車置き場の薄暗い階段に響いた。穴が塞がらないよう、透明樹脂のピアスを刺した時は、大人になったような気がして、すごく嬉しかった。それから数日経って、友達から、先輩が怒ってるらしいからピアスの穴を塞いだ方がいいぞ、と忠告を受ける。なんで1年早く生まれただけのお前に穴を塞ぐ権利があるんだ。自分の痛みくらい、自分で好きにさせて欲しいと思った。周りの友達はみんな穴を塞いでしまったけれど、意地になってそのまま粘った結果、未だに左耳には小さな穴が開いている。(そして、そこに昔の女が住んでいる)
ある日、1年早く生まれただけの奴らが溜まっている公園の前を、1年遅く生まれただけの奴らが何台もの自転車で通りすぎる、肝試しのようなことをした。案の定、あっさり捕まって、なぜか「お前の顔が気にくわない」と言われて1人だけ公衆便所の中に連れて行かれた。何発も頬を張られているうちに、相手の怯えが伝わってきた。あぁ、コイツも一緒だ。周りに合わせて仕方なくやってるのかもしれない。そんなに悲しそうな顔をするな。だって、俺が悲しめないじゃないか。もっと自信を持ってやってくれ。だって、俺が報われないじゃないか。情けない、さすが、1年早く生まれただけの奴だ。
ドアが開いて、もう1人が中に入ってくる。肩にブロック塀を担いで「殺すぞ」と言うけれど、さすがにそれはないと思って、必死で笑いをこらえた。
ようやく解放されて、個室を出ると、眩しい。汗の上に風が吹いて、涼しい。向かいのベンチでは、皆が談笑している。こっちがやられてる間に、なぜだか和やかな雰囲気になっている。一体何があったんだろう。1年先に生まれただけの奴らと1年遅く生まれただけの奴らは、混ざりあって、ひとかたまりになっている。
「お前、ちょっと調子に乗っちゃっただけだよな。だから、もう気にするなよ。これでも食えよ」
弱そうなチビの先輩が、ちっちゃいシュークリームを1つくれた。手のひらに乗せたシワシワのシュークリームを見て、気が抜けた。口に入れて噛んだら、シワシワで、甘くて、泣けてきた。
公園で号泣する自分を見て笑っている奴ら、自分も含めて、こいつらみんな馬鹿だと思った。
この小説を読んだ時、伝えたいことがあって、それが冷めてしまわない速さで書きつける、その力にドキドキした。
大人になった今も、人が開けたピアスに口出ししてくるような面倒くさい先輩が多い。