吉永小百合の「山の思い出」

 私自身、20代の頃はよく山に登っていました。最初のきっかけは、仲の良かった早稲田大学の同級生のお兄さんが山男で、「みんなと一緒に登らないか」と誘ってくれたんです。22歳の夏だったでしょうか。富山県と長野県の県境、北アルプスの後立山(うしろたてやま)連峰に行きました。

『それでもわたしは山に登る』 文春文庫

 別名「裏銀座」と言って、標高3000メートル前後の山々を、4、5日かけて縦走するんです。初心者にはハードな行程でした。山小屋に泊まり、朝は夜明け前に起きて、卵かけご飯だけ食べて出発したら、まだ胃が消化していないのに歩き出すものだから、すぐに気持ち悪くなりました。「シャワーを浴びたい」と言ったら、「そんなものあるわけないでしょう」とリーダーに怒られたりもしましたね。

 山小屋は100人ぐらい泊まれる大きさで、8月の登山シーズンだから超満員。男女関係なく、頭と足を互い違いにして床に雑魚寝する。だから目の前に男の人の足があって、その人が脱いだ靴下がポンと顔にかぶさる(笑)、なんてこともありましたね。

ADVERTISEMENT

吉永小百合氏、佐藤浩市氏 『てっぺんの向こうにあなたがいる』10月31日(金)全国公開 Ⓒ2025「てっぺんの向こうにあなたがいる」製作委員会 キノフィルムズ配給

 でも今になればみんな懐かしい思い出で、それ以来、登山の楽しさにすっかり魅せられてしまいました。翌年からは、仲の良い友達たちと一緒に、色々な山に登るようになったんです。山に登っている間は、仕事で大変だったことも、すっかり忘れてしまいます。

 ヒヤッとする経験もありました。頂上から見渡せる槍・穂高連峰のパノラマが人気の北アルプス・蝶ヶ岳に登った時のことです。ゴールデンウィークでしたが、登山路にはまだ雪がたくさん残っていました。それなのにキャラバンシューズという布の靴を履いていったので、どんどん水が浸みてきてしまい、冷たさで足が動かなくなってしまったんです。なんとか友達に助けられましたが、素人の登山は装備も不十分で危険だな、と思い知りました。

※本記事の全文(5000字)は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(吉永小百合「夫の看病をしながら撮影に出かけました」)。
・天海祐希さんと和泉雅子さん
・病床の夫を思い浮かべて
・高倉健さんのように全うしたい

次のページ 写真ページはこちら