かけがえのない人生の軌跡

 そして、「円環」という骨組みを生きたものにする血肉の役割を果たすのは、作品のなかにおける生活感や自然の豊かさである。過去作についてはそれぞれの作品を見ていただくとして、『旅と日々』においても、その豊かさは枚挙にいとまがない。遠景でとらえられた海や森、雪景色の美しさ、若い女が煙草を吸う手つきの豊かさ、べん造の訛りの強くもユーモラスな語り口、李がノートに書きつけるペンの音や、木魚のぽくぽくとなる音……。このような魅力的な細部の存在によって、「円環」は生の実感に満ちたものとして浮かび上がる。

©2025『旅と日々』製作委員会

 同時に、こうした本作に登場する、ありふれた「日常」的にも思えるものたちが、それぞれにたしかな光を放つことによって、いわば「日常」のなかにも「非日常」がたしかに備わっているのだと納得させられる。それは裏を返せば、「非日常」のなかに「日常」の萌芽がある、ということでもある。「円環」のなかで、「日常」と「非日常」は時には離れ、時には重なり合い、やがて、かけがえのない人生の軌跡へと変化していく。

 私事で恐縮だが、筆者ははじめてこの作品を京橋の試写室で見たのち、すでに幾度も見ているはずの外の風景に、今までに記憶のない「非日常」の感触を覚えた。それが何なのか、こうしてこの文章を書き終えようとするいまでも、確かな答えはない。しかし、ふたたび「非日常」を味わうために、筆者が「日常」のなかでまた『旅と日々』を見るために劇場に足を運ぶであろうこと、それだけは確かである。

©2025『旅と日々』製作委員会

『旅と日々』

監督・脚本:三宅唱/出演:シム・ウンギョン、堤真一、河合優実、髙田万作、佐野史郎/2025年/日本/89分/原作:つげ義春「海辺の叙景」「ほんやら洞のべんさん」/配給・宣伝:ビターズ・エンド/©2025『旅と日々』製作委員会/公開中

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