僕が『ニムロッド』というビットコインをメインモチーフに据えた小説で、芥川賞を受賞したのが2019年の事、その頃のビットコイン1枚の価格は40万円ほどだったと記憶している。それが、2025年10月現在では1700万円を超えている。せっかくだからその賞金でビットコインを買うべきだった。ビットコインの基本的な仕組みについては、下手な入門書を読むよりも『ニムロッド』を読んでもらった方が、感覚的にはずっとわかりやすいかもしれない。
ビットコイン。それは、サトシ・ナカモトという名義で書かれた一続きの論文(ホワイトペーパー)から始まった。まるで創世記において、「光あれ」と神が言ったことから世界がはじまったように。それは、一種の技術資料で、ビットコインなるこれまでこの世には存在しなかったデジタルな通貨のコンセプトと、それを成立させるためのプログラム・コードが記載されていた。
その目的は明確だった。時に横暴な政府が発行するものではない、より民主的で、そして使い勝手が良い、あらたな通貨を技術者(ギーク)の力で作りだすこと。
これまでにも同様の試みはなされてきたものの、一般的な普及には至っていなかった。しかし、このとき登場したビットコインは、結果から見れば、多くの仮想通貨の祖となることになる。
ビットコインにはいくつかの極めて重要な革新が、含まれていた。大まかに言うと、帳簿のブロックチェーン暗号化とその分散保有、参加者に対しての適切なインセンティブ設計、2100万枚という発行上限の設定。これにより、中央管理者を不要としつつ、改竄不能で、かつ永続可能なデジタル通貨として今も稼働を続け、様々に波及している。
ブラックロックをはじめとする巨大金融企業の大量保有、第二次トランプ政権による仮想通貨の戦略的準備金創設宣言、などなどここ最近の動きだけでも枚挙に暇がなく、それに付随して1BTCの金額はうなぎのぼりとなっているのは冒頭で触れた通り。
しかし、その怪物じみた値上がりのために当初の狙いの1つだったはずの、簡便な取引としては用をなさない状況になっている。価格変動が激しすぎる故、決済手段というよりはどちらかというと投機的な投資対象としての顔がむしろ強い。
ビットコインが特殊である最大の要素がまだ1つある。それはサトシ・ナカモトなる提唱者、彼の正体が不明なことだ。本書では、このサトシ・ナカモトが誰であるのか、いくつかのヒントらしいものを元に追っていく。
まるで、サスペンスを読んでいるようなスリリングな展開の果てに、果たして彼は姿を現すのか? 彼は何を思って匿名を貫いているのか? ぜひ、著者と一緒にサトシ・ナカモトをめぐる冒険を味わってほしい。そしてついでに拙著『ニムロッド』も買ってほしい。
Benjamin Wallace/ジャーナリスト。ジョージタウン大学英文学・哲学専攻。「フィラデルフィア」誌の編集長を務めるとともに、「ニューヨーク」誌、「ヴァニティ・フェア」誌などに多数寄稿。
うえだたかひろ/1979年、兵庫県生まれ。作家。著書に『K+ICO』『多頭獣の話』『関係のないこと』ほか。
