日本語はオノマトペが豊富な言語である。一般的によく知られているのは、音を真似た擬音語と、様子を真似た擬態語。だが、それだけではない。「ワクワク」のように心情を表す擬情語も多い。本書は、そうしたオノマトペの世界を通して、日本の文化と歴史、そして日本語そのものを紐解いていく。
前半の主な題材は、感情に深く関わる「泣き」と「笑い」である。これを男女やシチュエーション別に考察していく。奈良時代から現代に至るまで、どんな場面で、どんなオノマトペが使われてきたのか。その豊富な具体例を当時の史料をつぶさにあたって――ときに図版を交えながら――丁寧に紹介している。
例えば、笑い声を表すオノマトペだけを見ても、「ハハハ」「ホホホ」「ケラケラ」「クックッ」など、現代でも使われているものが多い。一方で、「エイエイ」「エコエコ」といった馴染みのない表現もある。そこから、時代ごとの文化的背景や歴史が浮かびあがってくる。
また、「ハ行」や「カ行」が多いことに注目すると、音声学的な知見も楽しめる。本文はわかりやすく書かれている一方で、提示されているデータの量は専門書並み。一般の読者でも研究者でも楽しめる一冊だ。
言語学者として、最も楽しめたのは第8章の「オノマトペの力」についての議論。オノマトペは「幼稚」と捉えられることが多い。たしかに、「めんめんをチュルチュルする」という表現は幼児相手にはよく使うが、大人には使いにくい。しかし、著者は日本語においてオノマトペは一般語の中に溶け込んでいることを指摘する。私自身「たたく」「ふく」「さわぐ」という動詞がオノマトペ由来だと知って驚いた。
また、その創造性にも注目したい。「パタ」という語幹ひとつとってみても、「パタパタ」「パッタリ」「パタッ」など、様々な使われ方がある。そして「もふもふ」「ぴえん」「ぐぬぬ」のように新たなオノマトペも、現代の感性によって次々生成されていく。
また、本書の締めとして、著者は、オノマトペが日本の漫画という輸出文化に貢献していることにも触れている。たしかに、漫画ではオノマトペが多用される。その音が独特の雰囲気を生み出し、ときに翻訳を難しくする。翻訳版で、日本語(の文字)のまま残されることがあるくらいである。
ただ、言語学の観点から補足しておくと、日本語だけが特別にオノマトペが豊富なわけではない。世界にはバスク語(スペイン北部)やタミル語(南インド)、ヨルバ語(西アフリカ)など、同じようにオノマトペ表現が豊かな言語がある。日本語は素晴らしい。愛でていて飽きることがない。しかし、他の言語も同様に美しいことも忘れないでいたい。
総じて、オノマトペを通して文化、歴史、そして日本語そのものを見つめなおす――そんな知的体験が約束された一冊である。
やまぐちなかみ/1943年生まれ、静岡県出身。文学博士、日本語学者、埼玉大学名誉教授、文化功労者。古典語から現代語までの日本語の歴史を研究、特に擬音語・擬態語の歴史的研究は高く評価されている。『日本語の歴史』など著書多数。
かわはらしげと/1980年生まれ、東京都出身。慶應義塾大学言語文化研究所教授。近著に『言語学者、生成AIを危ぶむ』など。
