「もし取り返しのつかない一球があるとして、それを取り返すことが…できるかな」
松本大洋の短編集『青い春』に出てくる台詞だが、ふと『清原和博 告白』を読みながら思い出した。印象深いのは西武1年目のまだ十代の清原の姿だ。驚異の打率.304、31本塁打を記録した高卒ルーキーも所沢の山奥で寮暮らし。車の免許もないので、なんとファン投票で選出されたオールスター戦では寮から西武鉄道と地下鉄を乗り継いで後楽園球場へ行ったという。寮の門限は午後10時、夜はやることがないからひたすらバットを振る日々。そんな清原の野球漬け生活の息抜きは、先輩の車に乗せてもらい青梅街道沿いのリンガーハットへ行くこと。そこで長崎ちゃんぽんを食べながら、ああだこうだと話している時間が一番楽しかった……という箇所がやっぱり青く切ない。
誰にでもそういう記憶に刻まれた味があるのではないだろうか? 十代の頃、友人たちと喋りながらファーストフード店で食べた安いフライドポテトは死ぬほど美味かった。あの油っぽいポテトは何かを象徴していた。臭い書き方だが、青春みたいなものだ。カネも車もなくて、ゆっくりと流れる時間は死ぬほど無駄で、泣けるほど楽しかった。年を重ねた今、清原も俺らも現実や過去を受け入れ、長崎ちゃんぽんと未来をワリカンして先に進むしかないのだ。
12球団トップの6完投、復活したタフネス右腕
仮に人生のどこかでしくじって、もし取り返しのつかない一球があるとして、それを取り返すことが……できるだろうか?
山口俊は約1年前、30歳の誕生日に飲酒トラブルを起こし、シーズン終了まで出場停止。被害届は取り下げられ示談も成立したが、罰金と年俸減額の総額は1億円以上とも報道された。開幕から怪我で出遅れ、ようやく復帰したと思ったらわずか4試合の登板で起こした事件。当時、この文春野球でも「プロとしての自覚以前に、FA移籍に対する覚悟が足りない。求められるのは結果。覚悟を決めて、腕一本で這い上がるしかない」という重いコラムを書いた。ある意味、野球人生の再スタートを切る背番号42は巨人ファンだけでなく、多くの野球ファンの注目を集めたと言っても過言ではないだろう。
それが今季の山口俊は開幕ローテ入りを果たし、4月3日に293日ぶりの白星を挙げ、7月27日には史上79人目のノーヒットノーランを達成する。本拠地・東京ドームで中日相手に許した走者は7回の1四球だけの準完全試合という圧巻の投球だった。ここまで18試合で8勝6敗、防御率3.53。6完投は12球団トップだ。今季の不安定な巨人ブルペン陣をカバーする圧倒的なタフさ。見事に復活し、取り返しのつかない一球を、1年がかりで取り返してみせた。
山口俊の投球に重ねる、あの男の存在
個人的に今季の山口俊の投球を見るのが楽しみだ。投げてみるまで何が出るか分からない。1失点完投と思ったら、今度はヘロヘロで5失点KO。2回7失点の次の登板でノーヒットノーランするみたいな予測不能さ。開幕から巨人の先発陣はマイコラスがメジャーへ戻り、田口麗斗も絶不調。昨季の三本柱で唯一健在のエース菅野智之への負担が増していた。となると、ファンも(恐らくチームメイトも)「菅野で負けたらヤバイ」という雰囲気になりがち。背番号19にかかる半端ない重圧。絶対的エースが投げる試合は球場の雰囲気もどこか切実だ。
それが山口の場合はちょっと違う。いい意味で、ファンのスタンスもユルいのである。完投しても炎上しても「まあ、どすこいだからね」なんつって盛り上がる。勝っても負けてもネタになる。そう言えば、4月17日の古巣DeNA戦での移籍後初完投も133球14奪三振という豪快な内容だった。気が弱そうで力持ち。打たれ強そうで打たれ弱い。なのに残す数字は一流プレーヤー。なんか懐かしいこの感じ。今は栃木で汗にまみれるあの選手を思い出す。豪快なホームランに華麗な芸術的ゲッツー。打っても打たなくても東京ドームを盛り上げた男。そう、村田修一である。