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帰ってきたカープの“永川さん”、勝てなかった時代の守護神のこれから

文春野球コラム ペナントレース2018

2018/08/07
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歓喜の輪の中に永川さんを…

 2018年シーズン初め、球界は松坂大輔の中日入団や上原浩治の日本球界復帰など、ベテラン勢の話題で沸き返っていた。しかし「松坂世代」の永川さんには全くと言っていいほど注目は集まらなかった。

 その永川さんが、一軍のマウンドに帰ってきたのである。6月7日、対日本ハム戦の8回表のことだ。4点のビハインドの中、永川さんは2回を投げて無失点で抑えた。8回、9回それぞれランナーを1人出したので、以前よく言われた「永川さんの四者凡退」は健在だと思った。投球動作に入る時、左右の首筋をチョイチョイと撫でる仕草もそのままだった。

 でもマウンド上の永川さんは、我々がイメージしている永川さんとちょっと違っていた。

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 永川さんと言えば「お化けフォーク」とも表現される落差の大きなフォークが決め球だったはずだ。ただそのせいで四球や暴投も多かった。印象的だったのが2006年7月14日の対横浜戦。延長10回裏に迎えた一死満塁のピンチに、当時のブラウン監督が取った作戦は「内野5人シフト」。しかし試合を終わらせたのは内野シフトには全く関係ない、マウンド上の永川さんの暴投だったのである。

 そのフォークを投げる割合が減り、スライダーを多投するようになり、「制球の良い永川さん」になっていた。とは言え、実はそのモデルチェンジは昨日今日行われたものではなかったのである。

 永川さんは16年の選手生活の中で、幾度となくフォームを見直し、投球スタイルを変えてきている。二段モーションが禁止された2006年には左足を高く上げるフォームをマイナーチェンジした。2013年には常にセットポジションから投げることにより制球力が高まった。スライダーを多投するようになったのも、2014年頃からのことだったのである。

永川さんの変遷 ©オギリマサホ

 永川さんは以前雑誌のインタビューで、一軍で活躍できるのであればフォーム改造も辞さないと語っていた。永川さんの目標は常に「一軍で投げること」であり、それができる確信があったからこその昨オフの手術、リハビリだったのだろう。

 そんな永川さんに、セーブより先に勝ち星がついた。7月22日、対巨人戦のことである。同点の7回表を3人で抑えた永川さん。その裏に丸佳浩が2ランホームランを放ち、永川さんが739日ぶりの勝ち投手となったのである。ただ、その日のヒーローインタビューは2番手で好投したアドゥワ誠と丸だった。恐らく永川さんは、年若い後輩にインタビューを譲ったのではないか、と思った。

 試合後「勝ちは全然嬉しくない、今後10試合を抑える方が嬉しい」と永川さんは語った。「10試合」という多すぎず少なすぎず現実的な数字。永川さんらしい発言である。

 でも、もしこの先の10試合を永川さんが抑えたならば、カープは優勝に大きく近づくだろう。どうかカープの三連覇が実現して欲しい。そしてその歓喜の輪の中に、永川さんがいて欲しい。これが今現在の私の1つの願いである。

今後見てみたい永川さん ©オギリマサホ

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