すべては、歓喜の瞬間への伏線なのだ
そして、記憶に新しい14日の対読売ジャイアンツ第18回戦。この日はライアン小川の見事なピッチングで巨人打線を8回二死まで1失点に封じていたものの、ピンチを招いて降板。8回二死満塁の場面を迎えていた二番手・近藤一樹は、巨人の代打・阿部慎之助を力のない三塁方向へのフライに打ち取った。
(よし、チェンジだ!)
ヤクルトファンの多くは安堵したことだろう。しかし、打球はサード・藤井亮太、ショート・西浦直亨、レフト・坂口智隆の間にポトリと落ちた。塁上のランナーがすべて生還し、4対4の同点に追いつかれてしまった。長打警戒でレフトは深めに守り、ショートはセンター方向に寄っていた「阿部シフト」の隙を突く一打ではあったが、個人的には、サード・藤井が目測を誤っていたにもかかわらず猪突猛進したことで、西浦、坂口の邪魔をしたように感じた。後に確認してみると、テレビ中継のカメラマンも藤井の姿を追い続け、打球をきちんと捉え切れていなかった。「藤井任せ」の西浦の消極的な姿勢も気になったけれど、「守備固めで起用された藤井の凡ミス」だと僕は思った。
(何やってんだよ、藤井……)
そう、「あの日」の比屋根と同じだった。僕の心はささくれだっていた。さらに近藤は、続く代打・長野久義にもタイムリーを打たれて、この回だけで5失点。一気に逆転されてしまった。しかし、この試合もヤクルトは勝った。9回裏、一死満塁の場面で川端慎吾がサヨナラタイムリー。6対5で勝利したのだ。そして、ここでも一見すると地味だけれど、重要な役割を演じたのが三輪だった。
無死一、二塁のチャンスで代打で登場したのが三輪だった。巨人ベンチはもちろん、ファンも理解していただろう。このときの三輪は「ピンチヒッター」ではなく、「ピンチバンター」であるということを。絶対に失敗が許されない場面。何としてでもバントを決めなければいけない場面。ここで三輪は、サードに捕らせる教科書通りの見事なバントを決めた。そして、このバントが、続く雄平の申告敬遠を呼び、川端のサヨナラ打へとつながっていったのだ。
こじつけのように思えるかもしれないけれど、三輪のバントが藤井のミスを救った。僕はそう感じた。あのときの比屋根も、この日の藤井も、三輪に対して心からの感謝の思いを抱いたことだろう。確かに、京セラドームの阪神戦は三輪のエラーで負けた。しかし、三輪のおかげで勝てた試合もたくさんある。比屋根や藤井のミスを三輪がカバーしたように、今度は三輪のミスを他の誰かがカバーする番だ。
誰かのミスを誰かが支え、一人の失敗を全員でカバーする。それが、強いチームの正しい在り方だ。そして、今年のヤクルトにはそのスピリッツが満ち満ちている。山口県宇部市内のガソリンスタンドに正社員として勤務し、オイル交換、タイヤ交換、バッテリー交換など、あらゆる交換業務を担ってきた男は、今では交換不要、代替不可能な存在となっている。戦いはこれからだ、頑張れ、三輪ちゃん! すべては、歓喜の瞬間への伏線なのだ。
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