コインロッカーから出てきたものは…

 なかからA3ノート大のエコバッグ一つだけが覗く。中身は使い捨てのポリエチレン袋の束やタオルなど、久美さんからしたら是が非でも取っておきたい代物かもしれないが、僕からすれば取るに足らないものばかりだ。

 誤解を恐れずに言えばゴミである。理解不能で、まだどこかに隠されているのではとの疑念も浮かぶが、久美さんの私物は本当にこれで全部らしい。

 久美さんはケータイ電話すら持っていなかった。最後に娘と連絡を取ったのは、まだケータイが生きていた4年前。元気にしているか。コロナになってなどいないか。僕が久美さんのいまやこれからを憂えるなか、自分ではなく娘のことだけが気がかりだと最後に言って、久美さんはいつもの場所、そう大久保公園のほうへ向かってゆっくりと歩いていった。

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忘れられない光景

 久美さんと過ごした数日間のなかで、忘れられない光景がある。

 うずくまる久美さんを、僕が背後から気づかれないように覗き込んだときのことだ。久美さんは、手にするピンセットの先を歯と歯の隙間にあてて歯間ブラシのようにして歯石を取っていた。それは、あるはずもない何かをほじくり続けているようだった。

 初対面の日も、日高屋で中華そばを食べた日も、何かに取り憑かれたように手を動かしていた。僕が「何をしてるんですか?」と問うと、マズい場面を見られてしまったといった表情をして、咄嗟に上着のポケットのなかにピンセットをしまった。

 その不可思議な行動は、そのまま取材時にも感じていたある疑念へと繋がる。