新宿・歌舞伎町の朝、アスファルトにうずくまる老女に声をかけると、返ってきたのは「ホテルですか?」の一言──。料金3000円、“高齢たちんぼ”として路上に立つ久美さん(仮名)は、どう見ても60歳を超えている。かつては家庭のある母親だった彼女が、なぜこの街で“路上の人生”を続けることになったのか。その壮絶な半生を追った。

 ノンフィクションライター・高木瑞穂氏の文庫『ルポ 新宿歌舞伎町 路上売春』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。なおプライバシー保護の観点から本稿の登場人物はすべて仮名である。(全2回の1回目/続きを読む

彼女はなぜ30年も立ちんぼを続けたのか――(写真:筆者提供)

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30歳で立ちんぼに

 大阪生まれ大阪育ち。地元の高校を卒業し、20歳で結婚して一女に恵まれた久美さんはそれまで、風俗とは無縁の人生を送ってきた。

 ところが夫のギャンブル狂いと浮気を理由に24歳で離婚すると、女手一つで娘を育てるため若専の箱型ファッションヘルスで働くことを余儀なくされた。久美さんの記憶が曖昧で正確な時期はわからずじまいだが、そこそこの実入りを得て人並みの生活を送っていた数年後、ここでまた転機が訪れる。

「で、30歳くらいで泉の広場で立ちんぼをするようになりました。店も客も若い子のほうがいいから、ほら、いつまでも雇ってくれないでしょう」

 泉の広場は大阪・梅田の地下街の一角にある、ヨーロピアン調の噴水を目印とした待ち合わせ場所である。2021年に一斉摘発があり、ここで売春をしていた当時17~64歳の女性61人が売春防止法違反で大阪府警に現行犯逮捕されて閉鎖される前までは、有名な街娼スポットでもあった。

 なにもいきなり路上に立たなくても。他に雇ってくれる風俗店はなかったのだろうか。