――救急車を呼んだのですか?
めい いや、近くに災害拠点病院があったので、タクシーでそこに行って。病院で眉下を縫ってもらいました。その後、左目に光を当てられて「見えますか」って言われたんですけど、見えなかったんです。
そこから大きい病院に移ることになって、もうパニックでした。「そんなにやばいの?」って不安だし、痛みと気持ち悪さで嘔吐と震えが止まらないし。貧血になるくらい出血していたので、その影響もあったと思います。
医者から「もうあなたの左目は、元のようには戻りません」と…
――大きい病院ではどんな治療をしたのでしょう。
めい 目の中の写真を撮ったあと、先生から「眼球も切れてるね」と言われて。眼球が破裂してしまっていたので、まずは眼球を縫う手術をして、1週間後に今度は網膜の手術をすることになりました。
――手術後、医師から目の状態をどのように説明されたのでしょうか。
めい 1回目の手術だったのか、2回目の手術の後だったのかは不確かなんですけど……「もうあなたの左目は、元のようには戻りません」「見えるようにはなりません」と言われたんです。
それまでは泣くと目が痛いから、泣かないようにしてたんですけど、その時はさすがにこらえきれなくて。病院のフロア中に響くぐらい、泣きわめいてしまいました。
「見た目はなかなかグロテスクな感じ」術後の左目の状態
――術後の左目はどんな状態だったのですか。
めい 見た目はなかなかグロテスクな感じでしたね。まぶたにはアザが残り、眼球には分厚い“かさぶた”のようなものができて、まるで左目が肉の塊に覆われているみたいで。さらに、手術で水晶体を取ったためか、瞳の色も変わっちゃって。自分でも目を背けたくなるような状態だったんです。
毎日鏡で自分の姿を見て、ショックを受けてました。「大好きだったメイクは、もうできないかもしれない」「顔にこんな大きな傷がある私は、もう誰からも愛されないかもしれない」って。成人式も控えていたから、視力は戻らなくても、せめて見た目は戻ってほしかったんです。
――大きな怪我をして、不安な気持ちになりますよね。
めい そもそも日常生活を送れるのかどうかもわからず、いろんな不安で押しつぶされそうになっていました。入院中、家族や友人が毎日のようにお見舞いに来てくれたので、日中は怪我のことを忘れて過ごせたのですが、1人になると不安が押し寄せてきて……。
当時は怪我を受け入れて前に進んでいく自信がなかったし、そもそも生きていく自信もありませんでした。

