死体は語る。己の皮膚で、骨で、はらわたで語る。

 首に残された痕は縊死か絞殺かを、肝臓に残された成分は毒の有無を、そして、爪に残された皮膚は己を殺した犯人の存在を語る。

 ただし、私たち一般市民は死者の声を聞くことはできない。その声を聞くことができるのは、死体の異常を目ざとく見つける知識と技術を持つ監察医だけだ。

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死体が語る犯罪の「痕跡」

 例えば、都内の河川敷で女性の遺体が発見されたとする。皮膚はふやけ、典型的な水死体の様相を呈していて、川で溺死したように見える。しかし、遺体が衣服を着ている状態で発見され、その喉から微量の砂が検出された場合、彼女が川で溺れた可能性は極めて低くなる。それどころか、無残にも誰かに殺された可能性が濃厚になるのだ。

 

 この事件は東京都監察医務院の院長を勤めた上野正彦氏の著書『死体は語る 2』で紹介されている実際に日本で起きた事件の概要である。一見事件性が無いように思える遺体であっても、専門家が開き、つぶさに観察することで隠された犯罪の痕跡を見つけることができるのだ。

 溺死だけではなく、窒息死、中毒死、失血死、時には腹上死まで、監察医はあらゆる死体の異常を見つけ、死の真相を明らかにする。いつ、どこで、どのように死に至ることになったのか、死体は数多くの情報をその体に残している。まるで、自分の死の真相を突き止めて欲しいと語っているかのように。

 

 かくほど左様に、人体というのは死の瞬間の環境、与えられた刺激によって様々な反応を起こす。監察医とは、人が死ぬときに人体はどのような反応を示すのか、ということを知り尽くした存在であり、「死体の声」に耳を澄ますプロなのだ。

 しかし、その監察医も十分な人数が確保されているとは限らない。