《一昔前までは、わざわざ「選定」したり「表彰」するまでもなく、その時代の流行語というのは人々をとらえ、共通に理解されるものだった。(中略)こうした過去の流行語と比べて見る時、[引用者注:新語・流行語大賞を受賞した]「まる金・まるビ(マルキンマルビ)」や「分衆」といった流行語が、ごく普通の庶民の日常の会話の中にまで登場するほどの力を持たなくなっていることは明らかだろう。むしろ、最近の流行語というのは、自然発生的に大衆の中に浸透していって流行するのではなく、新聞や雑誌の見出しなどに使われる一種のマスコミ用語になることによって、初めて認知されるという奇妙な関係が出来あがっている》(清水克雄『「ゆらぎ社会」の構図 文化現象をどう読むか』TBSブリタニカ、1986年)
この記者は、テレビから生まれる流行語が少なくなったとも指摘していて興味深い。ひるがえって現在、マスコミの影響力が相対的に弱まる一方で、SNSなどでの口コミから一般に浸透していく言葉も増えている。近年の新語・流行語大賞のトップテンでも「親ガチャ」(2021年)や「知らんけど」(2022年)など、この手の“詠み人知らず”の語が目立つ。こうした傾向からすると、この賞が始まる以前に主流だった自然発生的な流行語が勢力を取り戻したともいえそうだ。
今年の同賞のノミネート語に入った映画『国宝』をめぐる現象も、この傾向を象徴するケースといえる。通常、映画の興行収入は公開直後から減少の一途をたどるというが、『国宝』の場合、6月に封切られるとSNSなどでの評判からじわじわと観る人が増えていき、興行収入も伸び続け、ついには日本の実写映画では歴代1位となる記録を達成した。記録を奪われた『踊る大捜査線 THE MOVIE 2 レインボーブリッジを封鎖せよ!』(2003年)が人気ドラマの劇場版で、公開時にはテレビを中心に大量の宣伝を打って成功を収めたのとは対照的だ。これと似たような現象はおそらく各分野で起きていることだろう。
「アナログでやるほうが面白いかなと思っていたりもします」
それにしても、若い人から年配の人にいたるまで各年代で流行っている言葉をチェックするのは、いかにも大変そうである。前出の『現代用語の基礎知識』の大塚編集長も、親戚の子が口にする言葉だったり、電車のなかや喫茶店などでの人々の会話に耳をそばだてたりしながら、いまどんな言葉が流行っているのか拾い集めているという。いかにもアナログだが、SNSなどの情報は流れが速くて追いつけないうえ、どうしても自分の趣味の領域に偏ってしまうので、それとくらべるとやはり昔ながらのフィールドワーク的な採取法が確実なようだ。
