「シワやシミのない女の人生って、つまらないでしょ」

 女優業は、梨園の妻としての仕事や、家庭に支障が出ない範囲で再開して、現在にいたっている。息子の菊之助(当時)は富司との親子対談のなかで、母について《驚くのは、仕事の顔を一切、家に持ち込まないこと。本当なら疲れているはずなのに、おくびにも出さない》と評した一方で、映画『犬神家の一族』(リメイク版、2006年)で初めて共演したとき、次のようなことに気づいたという。

《以前は、(中略)仕事をして疲れていても、家に持ち込まないのは、どこか無理をしているのだろうと思っていたんです。家族に余計な気遣いをさせないために。ですから、仕事を辞めて、体を大事にしたほうがいいのではないか、と感じていた時期があったけれど、最近、立て続けに映画に出たでしょう、それは大いなる誤解だと分かりました(笑)。ものすごく疲れているはずなのに、むしろ生き生きしているということが、分かったんです》(『クロワッサン』2007年1月10日号)

 43歳で俳優として再スタートを切ったときから、《シワやシミのない女の人生って、つまらないでしょ。シワやシミが人生の年輪になっているような、そんな“おんな”を演じられたらなあと思うんですけどね》と語っていた(『キネマ旬報』1989年12月下旬号)。

「それぞれが責任を持たなくては」現場の雰囲気作りも

 60代をすぎてからは年相応に老人、場合によっては実年齢以上の役を演じることも増えた。細田守監督のアニメ映画『サマーウォーズ』(2009年)では声優として、地方の旧家の当主である90歳の老婆を演じた。世界の危機を救うべく、自分の人脈を駆使して政府や関係機関に電話をかけては発破をかける様子が印象に残る。

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2021年、文化勲章の親授式を終え、記念撮影に納まる尾上菊五郎と富司純子 ©︎時事通信社

 現場の雰囲気をつくるうえでもベテランとしてしっかり役目を果たしているようだ。2010年度後期のNHKの連続テレビ小説『てっぱん』では、瀧本美織演じるヒロインの大阪に住む祖母の役を演じた。このときは台本が遅れたりして大変だったという。制作の体制もころころと変わった。

《若いスタッフを育てなきゃということで、しょっちゅう演出が代るし、カメラも代るし、だからNGも多かったんです。こっちは芝居に集中しているわけだから『今誰がミスしたかいいなさい(笑)』『すいません、僕です!』と言うようになってからは、気持ちよく楽しく進むようになりました。育っていく段階で誰でもミスをすることはあるし、それはいいんです。でも、責任は持たなくてはね、それぞれが》(『キネマ旬報』2013年7月上旬号)

 その場その場で自らの責任をきちんとまっとうしてきた富司の言うことだけに説得力がある。