時代ごとに気鋭の監督との仕事を楽しむ
映画に復帰して以来、前出の細田守しかり、相米慎二、李相日、是枝裕和など、その時々の気鋭の映画監督との仕事も目立つ。相米監督の『あ、春』(1998年)の撮影初日には彼の代名詞であるカメラの長回しを経験し、途中で日が暮れて寒さに震えていると、監督が助監督に言って下着を買ってきてくれ、「この監督、優しい」と思ったという(『女優 富司純子』キネマ旬報社、2013年)。そうした経験も含め、初めて出会う監督たちとの仕事を楽しんできたようだ。
出演したうち現時点で最新の長編映画で、2021年公開の『椿の庭』の監督・上田義彦は写真家で、主役を富司に断られたら制作自体をやめようとまで考えていたという。撮影が行われたのは上田が長年暮らした古民家で、劇中、富司はまるでずっとそこに生活してきたかのような自然な佇まいを見せている。上田が、主演は彼女でなければならないとこだわったのも納得できる。
この映画の公開時に《今は女優というのは自分の生活のごく一部。女優の仕事がないときには、私の仕事は主婦ですから》と語ったように(『てんとう虫』2021年4月号)、いまの彼女は同作での役柄そのままに、けっして気負うことなく、あくまで自然体と思わせる。
現時点での出演映画は119本
私生活では、子供たちに迷惑をかけないよう、ゆくゆくは老人ホームに入り、亡くなったあとのため財産に関する目録もきちんと残しているという。唯一の心配として娘の寺島しのぶとの対談で明かしたのは、夫である七代目尾上菊五郎のことで、《お父さんがわが家のお金のことを一切把握していないことね。だから、なんとしても私のほうが一日でも長く生きなくてはいけないの。(笑)》と語っている(『婦人公論』2022年4月号)。
現時点での出演映画は119本を数える。このうち藤純子時代の9年間に出演したのはじつに91本(ワンシーンのみの出演作も含む)にのぼる。10年足らずのあいだにこれだけ多くの作品に出たということに、時代を一瞬にして駆け抜けたという感を抱かずにはいられない。一方で、復帰してからの30年あまりは、大河の流れのごとくゆるやかに俳優を続けてきた。人生のなかでここまで対照的な二つの時代を送った俳優という意味でも、富司純子はやはり唯一無二の存在といえる。
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