人生で最初に志望した職業がプロレスライター。専門誌に異様に長い原稿を送りつける中学生だった水道橋博士。立命館大学でプロレス同好会RWFを旗揚げ。リングアナとして自らの声を響かせた快感が忘れられず芸人の道に迷い込んだユリオカ超特Q。そして、プロレスラーになりたくてプロレス同好会RWFに入るという回り道を経て新日本プロレスに入門。人気復活の先頭に立った棚橋弘至。
プロレスに魅せられた男たちが文藝春秋に集結。そこで繰り広げた超ディープなプロレス談義をお届けします。(前編はこちら)
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博士 地方から夜行バスなんかを乗り継いでプロレスの重大興行を観にいくのを「密航」なんて言ってましたけど、そういうのは行きました?
棚橋 大学1年生のときの新日本対UWFには、高校の同級生と待ち合わせて行きました。1995.10.9、東京ドーム。当時はすでにガチガチの新日本派でしたね。
人類が考えついた最大の悪口
博士 じゃあ、UWF仕掛け人の宮戸優光なんかクソをぶっかけてやるぐらいの感じの。
ユリオカ 人類が考えついた最大の悪口と言われる「お前がくたばったら墓にクソをかけてやる」という長州さんの発言ですね。死んだ相手の家族の方にまで迷惑をかけるという。
博士 プロレス史上一番ひどい悪口はもうひとつ、藤波の「お前、平田だろ」発言です。
ユリオカ 生放送でマスクマンの本名を明かすという、人としてやっちゃいけない行為ですね。個人情報の漏洩。
いまだに「あっ、長州力だ」って思います
棚橋 長州さんもだいぶ変わられましたよね。今もよく道場に練習に来られるんですけど、「タナ、写真撮らせてくれ」って、それが長州さんのブログに使われてたりとか。
博士 オレも「ブログ用に写真1枚いいですか?」って言われたとき、ちょっと衝撃でしたもん。
ユリオカ わかります。一定世代以上のレスラーに対しては、いつまでもファン感情が抜けない感じ。棚橋選手はどうですか?
棚橋 ありますね。入門するときに「もう同業者なんだから、そういう感情は捨てろ」と言われたんですけど、やっぱりまだどこかで「あっ、長州力だ」って思いますね。