松村北斗に想いを寄せる“第2のヒロイン”
そして現在は、『秒速5センチメートル』が10月から公開中である。森が演じているのは、サーフィンが趣味の種子島の高校生・澄田花苗。転校してきた主人公に想いを寄せる、“第2のヒロイン”といえる役どころだ。
これまで触れてきた森の演技と比べると、本作がもっとも自然体で、なおかつ等身大だ。映画ごとに森は自身のポジションを的確に掴み、フィクション作品における役割をまっとうしているが、この花苗というキャラクターには強固な実在感がある。“フィクション=作り話”の登場人物ではなく、私たちの生きるこの現実世界のどこかに存在しているとしか思えない、そんなキャラクター。セリフ回しや仕草、表情などが一切、芝居がかっていないのだ。
この花苗もまた『国宝』の彰子のように“報われないヒロイン”ではあるのだが、彰子の人生が劇的(=ドラマチック)である一方、『秒速5センチメートル』で描かれる花苗の人生は日常を切り取ったもので、まったく違うヒロイン像を表現してみせている。
ここまで記してきたように、『国宝』をはじめとする「ヒット作」には、俳優・森七菜の存在があった。主演作こそなかったものの、彼女を「邦画界のMVP」と称しても異論はないだろう。
森七菜が「今年の顔」と称される理由
さらに、出演したドラマ『ひらやすみ』(NHK総合)が大いに話題を集めたことから、森のことを“今年の顔”だと考えている人も多いのではないか。彼女が演じたのは、山形から上京してきた“なっちゃん”こと小林なつみ。岡山天音が演じる従兄弟の生田ヒロトと、平屋での生活を送る美大生だ。
ほのぼのとした日常を描く本作において、森の存在は素晴らしかった。なっちゃんは森にしか演じられないとすら思ったほどだ。『秒速5センチメートル』での演技が自然体で等身大なものだったと先述したが、こちらもまた自然体かつ等身大。しかし、テイストはかなり異なる。
日常を描いたものだとはいえ、登場人物たちはみな個性的だ。なっちゃんもそう。森のコミカルな演技は肩の力が抜けていて、非常に柔らかい。彼女が体現する日常が、慌ただしい私たちの日常に寄り添ってくれた。
一般的に、俳優たちが持つ演技者としての瑞々しさは、場数を踏み、経験値が上がっていくのとともに薄れていくものだと言えるだろう。実際、『フロントライン』では、自然と洗練された森の姿が見られた。
しかし、『秒速5センチメートル』や『ひらやすみ』ではまた、瑞々しさを取り戻している。これは、作品によって自在に自己イメージを変容させる俳優・森七菜の“永遠の原石”のような一面を表していると言えるのかもしれない。
