おかげで冷蔵庫には、ヒレもサーロインも常にストックしてある状態。
「友達も食べたいって言ってるから連れてきていい?」
百々果が学校から「ぢっぢのステーキ」のオーダー電話をかけてくることもあった。
「いいよ」
落ち着いた感じで返事をしたものの、「フンス……!」と鼻息が荒くなっていて、すっかりスイッチが入っているのが丸わかりだった。
こだわりまくりのご飯を待てない私たち
私もママも「ぢっぢのステーキ」は大好物で、百々果がねだるたびに心のなかで小躍りしたものだった。
ただ、パパは料理に手間と時間を掛ける。
「あれ、ぢっぢ。ステーキは?」
「まだできてない」
「え?」
百々果が帰ってきても、まだ仕込みに没頭していて、すんなり「いただきま~す」といかないことも多かった。
とくにご飯にはこだわりまくりで、とにかく“炊きたて命”。私たちも炊きたては大好きだったけど、パパは“蒸らし命”の人でもあった。さらに仕込みにも手間を掛ける。
まず、ザルでお米をすくって、網目から漏れた小さな米は捨てる。ザルに残った米を水が透き通るまで洗って、氷水に30分浸すのが基本。炊飯器からピーと炊飯完了のブザーが鳴っても、すぐに蓋を開けずに10分待って蒸らす。蓋を開けたら、菜箸を差し込んで空気を入れて、ウチワであおぎながら、ご飯を混ぜる。それを終えてから初めて、お碗にご飯をよそうことが許される。
普段はそれでもかまわないけど、お腹の減ってる日はそんな悠長なことに付き合っていられない。水に浸した米をパパがジーッと見つめている後ろで、私と百々果は「サトウのごはん」をレンジで温める。
「なんなんだよ。ちょっとは待てないのかよ」
ちっとも我慢強くない私たちの姿を見ては、プンスカしていたものだった。
蒸らしの10分間が待ちきれなくて、つい炊飯器の蓋を開けたときは大変だった。
「こら! なんてことしてくれてんだ!」
「もう終わりじゃないか!」
これほどのこだわりがあったから、私たちはおいしいものを食べさせてもらえたわけだ。
写真=鈴木七絵/文藝春秋
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