『羅小黒戦記』の特徴である、光と影の使い方にしてもそうだ。日本版吹き替えでルーイエ(鹿野)役を演じた悠木碧が、シャオヘイ役を演じた花澤香菜のラジオ番組にゲスト出演した際に「キャラクターに影を多用せず、線で立体感を表現してる」という意味の的確な賞賛をしていたがまったくその通りで、陰影に頼らないのは本当に上手いアニメーターでないとできない超一流の作画だ。

悠木碧が演じたルーイエ 『羅小黒戦記2 ぼくらが望む未来』公式サイトより

 SNSではアニメの瞬間的な一枚のスクリーンショットが「書き込みがすごい」「作画カロリーの高い神作画」と評価されることが多いが、『羅小黒戦記』のすごさはスクリーンショットだけではわからない(レイアウトや色彩だけでも見る人が見ればその上手さは判るとは思うが)。シンプルな線が動いた時に命が宿る「神動画」なのである。

ネット動画投稿から始めた“野良”アニメーターによる奇跡

 通常、これだけ端正で正当なアニメーションを作るスタッフを育成するには、伝統あるスタジオが蓄積した教育システムが必要になる。日本でも老舗のアニメスタジオや、スタジオジブリで宮崎駿らに師事した舘野仁美によるササユリ動画研修所などが新人の育成を担っているが、中国にもそれに類した、あるいはそれ以上の大規模なアニメーター教育育成システムがあるのだろうと思っていた。だが驚くべきことに、スタッフインタビューを読む限り『羅小黒戦記』のスタッフたちはまったくエリートではないのだ。

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『羅小黒戦記』がもともとはMTJJ氏によってビリビリ動画に投稿されたWEBアニメから始まったことは良く知られているが、今作のパンフレットの中では作画監督の大爽氏が、自分は独学でFLASHアニメーションを作ることから始めた「野良」のアニメーターであること(日本で言えばニコニコ動画のフラッシュ職人である)、このスタジオも個人の趣味から発展した会社であること、前作の50~60人から今作は90人+外部スタッフの体制になったことなどを語っている。

「ビリビリ動画」サイトより

「中国だから膨大な予算と人海戦術のスタッフで作っているのだろう」という先入観の真逆をいくように、数百人体制で劇場アニメを作る日本よりはるかに小さな規模のスタジオがこれを作り上げたことになる。「謎というか、不思議というか、彼らに聞いてみたいですね」と井上俊之氏は前掲の2019年のラジオの中で、『羅小黒戦記』の制作体制について語っている。

「オーパーツ」という、米国の動物学者で超常現象研究家のアイヴァン・サンダーソンの造語がある。その時代、その場所に存在するはずがないほど高い技術の出土品が発掘されることを意味する言葉だが、いったいなぜこの少人数、独学でアニメを学んだ少人数の若者たちによってこの作品が作り出せるのか、世界のアニメーション制作体制の常識から見れば『羅小黒戦記』は現代アニメーションのオーパーツに近い存在なのだ。