深夜のログハウスで妻を刺殺し放火、生後6カ月の娘まで川に遺棄したネパール人夫――2008年に北海道で起きた事件は、単なる夫婦間トラブルではない。現場に残された血痕や粉ミルク缶が示したのは“二重生活”と暴力、そしてネパールでの驚くべき過去だった。事件の概要を、文庫『戦後日本の凶悪犯罪』(宝島社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目/後編を読む

写真はイメージ ©getty

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妻と生後6カ月の娘を殺害

 その部屋に入ると、火事場特有の木の焦げた臭いが鼻についた。警察の実況見分が終わったばかりで、殺害現場となったベッドには青いビニールシートが被せてあり、床には乾いた絵の具のような血糊がべっとりとこびりついていた。

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 殺害された被害者の名前は赤前智江さん。犯人は、彼女の夫であるネパール人のバハドー・カミ・シュアム。男は妻を殺め、証拠を隠滅するために家に火をつけただけでなく、2人の間に授かった生後6カ月の娘も、近所の川に遺棄した。

 殺害現場は、3人が暮らしていたログハウス2階の寝室だった。つい数カ月前まで3人が暮らしていた部屋には、被害者の血糊と乳児が飲んでいた粉ミルクの缶が無造作に転がっており、突然起きた凶行の悲惨さを物語っていた。

被害者の父親は⋯

 事件が起きたのは、2008年5月6日未明のことだった。取材に応じてくれた智江さんの父親は言う。

「家に入ったら、煙がもうもうとして、何も見えませんでした。急いでライトを取ってくると、煙だけでなくシューッという音もする。何かと思ったらガスのゴム管が切ってあったのです。急いでガス栓を止めて2階に上がると火の手が上がっており、部屋の奥に顔がパンパンに腫れた娘が全裸で仰向けで横たわっていたのです。

 それは見慣れた娘の顔ではありませんでした。すぐに娘を抱きかかえ救急車を呼んだのです。あんな残虐な殺し方ができる人間は何者なのか、娘の旦那だった男だけに、どうしても気になるのです」

 父親は、無念やる方ない表情で、事件当時の状況を語ってくれたのだった。事件の動機は、カレー店などの経営がうまくいかず、諍いが絶えなかったことにあると発表されていた。ただ、それだけの理由で妻を殺め、家に火をつけるようなことをするだろうか、この事件には深い闇があるように思えた。私も自分の足で、シュアムという男が何者なのか、調べ上げたいという気持ちが湧いてきた。