血圧のことを気にしないで自由に生きたい

 先ほど紹介した、日本の10年間にわたる追跡調査の結果から「血圧が高いほど、循環器疾患の死亡リスクが高くなる」ことは明らかですが、一方で、高齢者の視点に立って改めて論文を読んでみると、微妙に異なった解釈もできるのです。

 65~74歳の前期高齢者では1万3707人中、循環器疾患で死亡したのは724人です。つまり10年間の死亡者は、5.3%の割合しかいないのです。残りの95%の人は、基準値を超えようとも、死に至るほどのダメージは受けていないということになります(後遺症などで生活の質が下がっている可能性は十分ありますが)。

 75~89歳の後期高齢者になると、10年間で死に至った事例は16%にまで跳ね上がりますが、しかしながら、ここまで高齢になれば、「寿命が来るまで、もう十分に生きた」と考えることもできます。

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 もちろん若年者は今後の死亡リスクが一気に高まるので血圧はコントロールすべきだと思います。

 でも、高齢者の場合は「毎日の血圧測定で、基準値に収まっているかビクビクしてしまう」「残りわずかな寿命だから、血圧のことなんて気にしないで自由に生きたい」と考えてしまう気持ちもよくわかるのです。

三度の飯よりもタバコが好きなおばあちゃんの場合

 これは血圧に限った話ではありませんが、高齢者のQOLについて、私自身が考えさせられたエピソードがあります。

 私の病院のかかりつけの患者さんで「三度の飯よりもタバコが好き」という75歳のおばあちゃんがいます。慢性気管支炎でよく咳をしているのですが、それでもタバコが大好きで吸い続けています。

 私が初めて診療した時には「タバコを吸い続けると肺がんになったり、呼吸機能が低下したりと、体に悪い影響がある」と繰り返し説明しました。「咳の原因でもあるから、まずタバコをやめないといけない」とも。それでも、どうしてもタバコが手放せない。禁煙外来で治療を受けることも勧めましたが、まるで聞く耳を持ちません。挙句の果てに「タバコをやめるくらいなら、人生をやめた方がいい」などと言い出す始末。彼女にとってタバコは必需品であるばかりか、人生で最も価値あるものなのです。私などに説得できるはずもありません。

画像はイメージです ©アフロ

 私の方では肺がんの兆候や呼吸機能を定期的にチェックするのですが、不思議なことに兆候は出てこない。もともと肺が丈夫なのでしょう。さらに、慢性気管支炎の通常の治療に加えて、漢方薬などを補助的に処方すると、よほど酷い場合以外は、咳止め薬を使わなくても平気な状態にまで持ち直してしまいました。

 今でも診療時にタバコのリスクは口酸っぱく伝えてはいますが、彼女の生き方を見ているうちに、「患者さんの価値観を尊重しながら、寄り添い、支えてあげる」、それこそが医療の本当のあるべき姿だと思うようになったのです。

 高齢者にとっての基準値にも幾分か同じことが言えます。私自身も診療の際には「基準値は強力なエビデンスの一つ」として、参考にするよう伝えはしますが、患者さんの生き方や価値観を見極めたうえで、その人ごとにアドバイスを変えるようにしています。

伊藤大介(いとう・だいすけ)

1984年、岐阜県生まれ。東京大学医学部卒業後、同大医学部外科博士課程修了。肝胆膵の外科医を経て、その後、内科医・皮膚科医に転身。日本赤十字医療センターや公立昭和病院などを経て、2020年に一之江駅前ひまわり医院院長に就任。1日に約150人、年間3万人以上の患者を診察する。日本プライマリ・ケア連合学会認定医、同指導医、日本病院総合診療医学会認定医、マンモグラフィ読影医。2025年に日本外科学会優秀論文賞を受賞。

 

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