年間3万人を診察する総合診療医の伊藤大介さんは、「健康診断こそが深刻な病気の『芽』を摘むことができる唯一の方法です」と強調する。
そんな伊藤さんが初の単著『総合診療医が徹底解読 健康診断でここまでわかる』を10月20日に刊行した。
血圧、血糖値、コレステロール、腎機能、がん検診……など検査数値の見方が180度変わる実用的なポイントが満載の内容になっている。今回は本の中から、健康診断の結果表で「基準値」を超えてしまった場合、どのように対応すべきかを解説した箇所を一部抜粋して紹介する。
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健康診断の基準値超えを放置すると、どうなるのか
では、健康診断で基準値を超えてしまった場合はどうなるのか。そのまま放置した場合はどうなるのか。
実はよほど悪い数値でなければ、「しばらくの間は何も起こらない」。多くの方が気にするであろう「血圧」「コレステロール」「血糖値」などの項目は、基準値を多少超えた程度では、放置したとしてもすぐに症状が出るわけではありません。
しかし、心筋梗塞や脳梗塞など「循環器疾患」を発症するリスクは、確実に高くなることが分かっています。生活習慣病が「サイレントキラー」と呼ばれるゆえんです。
下記の図表(1)を見てください。2012年に発表された論文で、男女計7万人を対象に日本で行われた10件の臨床研究の結果を総合して、分析したものです。血圧の基準値を超えた場合に、平均10年間で心筋梗塞や脳卒中など循環器疾患による死亡者数がどれくらい増えたかを調べています。
ここでは120/80(mmHg)未満を基準値として設定しています。どの年代でも血圧が高くなるほど、死亡者の割合も増えています。
例えば、40~64歳の場合は、「120~129/80~84」で1.77倍、「140~159/90~99」で2.99倍と、わずかに基準値を超えただけでも、10年間で死亡するリスクが大幅に上昇しています。さらに重症高血圧(180/110以上)では8.50倍もリスクが高くなるのです。
10年間で死亡するリスクが2倍も高くなる
65~74歳の場合も同様に、「120~129/80~84」で1.76倍、「140~159/90~99」で2.20倍といったように、多少、基準値を超えただけでも、10年間で死亡するリスクが2倍前後も高くなっています。
「高齢になれば血圧は全く気にしなくていい」と主張する医師がいるように、たしかに上記の結果を見れば、75~89歳の方の死亡リスクの上がり方は、他の年齢層に比べると、緩やかではあります。ただし、それでも収縮期血圧が130以上になると、死亡リスクが1.3~1.7倍も高くなるのです。
その結果を反映して、今年8月に改訂された「高血圧管理・治療ガイドライン2025」では、逆に75歳以上に対しても降圧目標を若者と同じ「診察室血圧130/80未満」に設定しています。
これは血圧だけに限らず、脂質異常症や糖尿病といった他の病気でも同じことが言えます。たとえ今は症状が出ていなくても、基準値を超えた状態で、5年、10年と放置していれば、徐々に体を蝕み、突然、重い病気となってふりかかってくるのです。
「基準値に縛られなくてもいい」は本当か!?
一方、基準値の議論で必ず聞こえてくるのが「基準値に縛られなくてもいい」という医師や識者たちの主張です。
例えば、「診断基準を厳しくすることで、高血圧患者を新たに生み出している」「血糖値はあまり厳しくすると低血糖になるから、HbA1cが7%未満であれば薬物治療をするほどでもない」などという意見があります。
このような主張の背景の一つとして、「高齢者のクオリティオブライフ(QOL)を考えると、基準値で厳しく縛る生活の方がかえってよくない」という考えがあります。
前述したことと矛盾するようではありますが、私も「基準値に縛られなくてもいい」という考え方は必ずしも否定しませんし、理解できる面もあります。また、医師が患者さんに対して基準値を振りかざしながら、「ただちに改善しなさい!」と厳しく迫るような診療態度もよくないと思っています。

