札幌市内で秋に起きた“異変”

 石名坂は、そもそも2025年の札幌における大量出没をどう見ているのだろうか。

 そう尋ねると、石名坂は今秋のある「異変」について語り始めた。

「今年の初夏に他の会社のアルバイト調査員として、定山渓周辺の山に何度も入ったんです」

ADVERTISEMENT

ヒグマが出没した西野西公園 ©伊藤秀倫

 札幌市南区にある定山渓といえば「札幌の奥座敷」とも称される定山渓温泉で知られるが、その周囲の山々はヒグマの濃厚な生息地でもある。

「行ってみると、確かに自動カメラにはクマが映っているし、フンや足跡などの痕跡もそれなりにあったんですよね」

 クマの生息地にクマの痕跡があるのは当然で、この時点では異変でもなんでもない。そして9月と10月、別の仕事で石名坂は、再び定山渓の山に入った。

 夏に調査で入ったのと同じエリアに差しかかったとき、石名坂は呆気にとられた。 

「どの木を見てもドングリが全然ないんです。あちこち見渡しても、ミズナラにドングリの実は全然ついていないし、かろうじてあったとしてもひねたようなごく小さな実しかない」

ヒグマが出没した西野すみれ公園 ©伊藤秀倫

 昨年の秋にミズナラのドングリが大豊作だったので、その反動で今秋は凶作だろうと予想してはいたが、実際目にした惨状は想像以上だった。しかも不作はドングリばかりではない。

「クマはこの時期、ヤマブドウやコクワ(サルナシ)などの実も食べるのですが、そうしたツル性植物の実もなっていない。双眼鏡で一生懸命探しても申し訳程度にしかついてませんでした」

 その結果、夏にはあれほど濃厚に感じられたクマの気配は、そのエリアからほぼ消えてしまっていた。フンも足跡もまったく見つからなかった。石名坂は「自分がクマだったとしてもこの場所は見捨てるだろうな」と思わざるを得なかった。

西野西公園 ©伊藤秀倫

クマ社会で進む“ドーナツ化現象”

 山からクマの気配が消えたことは何を意味するのか。

「恐らく、“ドーナツ化現象”のようなことが起きているのかもしれません。つまりもともとは山奥にいたクマまで含めて、食べ物を求めて、実りのない山を出て人里の方へと移動しているのではないか」