麻酔銃は“有効なカード”
一方で前出の「クマ被害対策パッケージ」の内容で、石名坂が「当初はあまり注目されていませんでしたが、実は有効なカード」として注目したのが〈市街地等での適切な麻酔銃猟や麻酔吹き矢による捕獲〉である。日本の法制度では、麻酔銃の所持には銃砲類としての規制に加え、麻酔薬の医薬品管理や劇物管理が重複するため、個人がこれを所有するのは難しい。だが自治体や動物園、研究機関など専門団体であれば管理は可能で、獣医師や捕獲許可者などが扱うことができる。
とくに麻酔銃が有効と考えるのは、次のような場面だ。
「例えば最近よく起きている建物内にクマが立てこもってしまったような事案ですね。一応、緊急銃猟の制度設計では屋内でも猟銃で駆除できるようにはなっているんですが、じゃあ実際に撃てるかといえば、私も含めてなかなか撃てないと思うんです。というのも建物内はどこにガスや電気、水道などが通っているか分からないし、壁に当たって跳弾する可能性もある。麻酔銃であればそうしたリスクは避けられるので、(麻酔銃の)30m程度の射程内にクマが入るのであれば、かなり使えるんじゃないかなと思います」
石名坂自身、過去に何度か麻酔銃による“クマの生け捕り”を行ったことがある。
「斜里町での事例ですけど、このときはキャンプ場(市街地に隣接する鳥獣保護区の林内にある)周辺に出たクマが木に登ったんですね。こういう場合、木の上に向かってライフルで撃ちあげると弾がどこに落ちてくるかわからないので、実弾を放つ銃は基本的に使えないんです。その時は私が麻酔銃でクマを撃って、眠らせた後、木から引きずりおろしました」
そのときは、鳥獣保護区の学術捕獲の許可の枠内で対応したため殺処分はせず、耳に管理タグをつけて国立公園の中で放した。だが2年後、そのクマはまた人里付近に出没し、別のハンターに撃たれて駆除されてしまったという。クマ駆除のニュースが流れるたびに、「麻酔で眠らせて山に放せばいい」という声があがるが、現実はこういうものなのだ。
「麻酔で眠らせて、しかるべき場所まで運んで、放獣する作業はそれなりに人間側にもリスクがあるわけです。そしてかなり無理をして放しても、最終的に放したクマが長生きできるかというと、実際には厳しい。ゴム弾などを使った殺さない追い払いについても、かなりしつこくやっても、2〜3年のスパンでみると、結局どこかで問題を起こして駆除されてしまう。ですから麻酔による放獣や非致死的な追い払いに過度な期待を持っている人たちと直接話す機会があったら、私はその夢はかなり強めに否定することにしています」
一度、人里に慣れてしまったクマは、いずれ必ず人里に戻ってくる。そうしたクマが出産し、母グマになると、その「人間に対する警戒心の薄さ」は子グマへも引き継がれていく可能性が高い。この現実から目を背けるべきではない。
クマと人間社会をめぐる現実に対して、感傷で応じる段階はとうに過ぎている。
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