今はもうこの世に生還者は存在しない

──本当は、吉敷も田丸も「~だっぺ」とお国言葉の茨城弁を話してるんですよね。

武田 そうそう(笑)。作品内では東京弁に変換されてますけどね。

 ペリリュー島を守っていた歩兵第二連隊は茨城県水戸で編成された部隊だったので、生還者は茨城県の人が多かったんです。原作は終戦70周年のときに始まったんですけど、その頃はまだ生還者の中にご存命の方もいらっしゃって、茨城の方を含めていろんな方の話を聞かせていただきました。

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 しかし2019年に最後の方がお亡くなりになって、今はもうこの世に生還者は存在しません。今年は終戦80周年なので、終戦時20歳だった人たちがもう100歳になります。この10年で戦争体験者は本当にいなくなってしまいました。

ディテールが失われ観念的になりつつある最近の“戦争”

──戦争の記憶が、いよいよこの世から本当に消えつつあると……。

武田 日本は毎年、終戦記念日などがあって、そのたびに戦争を振り返ることが習慣としてあるので、おそらく誰に聞いても「戦争はしてはいけない」って言うと思うんですね。

 でも、それはもはや観念としての戦争になっていて、戦争になると具体的にどういったことが起きるのかといった、戦争のディテールの記憶は薄れていってるのではないかなと……。そのディテールが失われて、戦争が観念的に語られれば語られるほど、実際の戦争というものからはかけ離れた戦争の話になっていきそうな気がします。

最前線の戦争は殺し合いそのものだが、それは全体のごく一部にすぎず、大半の時間は食料調達や人間関係といった“自分のサバイバル”に費やされる。

──それはもう実質、戦争を忘れているようなものですね。

武田 そうですね。ただ、戦争を知らない団塊ジュニア世代の自分が戦争の漫画を描くということについて、僕はずっと葛藤を抱えています。取材中に「話を聞けば、体験していなくても描けるとお考えですか?」と戦争体験者から言われたこともあります。