「中小企業相手の融資って、すごく人間臭いんですよ」
石丸： 今回のドラマ『かばん屋の相続』では第1話の「十年目のクリスマス」と第4話「かばん屋の相続」に出演しました。金を貸す側、借りる側、ビジネスの付き合いではあるけれども、そこにやっぱりどうしても情が絡んでくる。その切実な人間ドラマに胸が痛くなる思いでした。
池井戸： 中小企業相手の融資って、すごく人間臭いんですよ。
銀行に入って財務諸表の分析を習うと、自己資本比率が何％以上じゃなきゃいけないとか、色々な基準を学びます。研修の際に教官役の人からとある会社の本物の財務諸表を渡されて、「君なら融資するか？」と問われるんです。
石丸： 『アキラとあきら』みたいですね。
池井戸： 幾つかのチームに分かれて分析するんですが、ほとんどのチームが「ここには貸せません」と否認の結論を出すんです。そうすると教官役の人が、「実際には融資したんだよ。君らが勉強した基準で見ていたら、貸せるところなんかどこにもない。これが中小企業なんだ」と。実例をもって教えられるんです。驚きました。
石丸： なるほど。机上の論理ではないんですね。
台本を読んでいて、大銀行よりも信用金庫のような、もっと地域に根差した金融機関が中小企業に寄り添ってお金を回しているんだなと感じました。
池井戸： いわゆるドブ板営業のような。
石丸： 今回のドラマから、日本の会社の99％が中小企業だという事実を改めて突きつけられました。実際には、そういう会社が日本を支えているんですよね。
池井戸： そして残りの1％の大企業が、その99％に発注している。昔はひどい話もあって、大企業が「税金は俺たちが払ってやるから、お前たちは心配するな」なんて。下請けの悲哀です。
「日々どこかの会社が資金ショートしている現実も変わらない」
石丸： 表題作「かばん屋の相続」は、人との繋がりによって、いいものがちゃんと残っていくんだと思えるところが好きでした。これは実話がモデルだったりするんですか？
池井戸： モデルはあります。あるかばん屋さんで、堅実に家業を継いできた弟と、銀行で偉くなってから戻ってきたエリートのお兄さんがお父さんの死をきっかけに喧嘩になってしまった、という話がベースになっています。
石丸： そうなんですね！
池井戸： 銀行で融資をしていると、経営者が亡くなった後に相続で揉める話はたまに耳にします。話を聞いてみると、兄弟本人たちというより、それぞれの奥さんとか、配偶者が口を出して揉めるケースが結構多い気がします。
石丸： ご本人同士じゃないんだ。生々しいですね。池井戸さんの作品は、社会や家族の姿を色々な角度から炙り出していて、当事者になっている人は読むのが苦しいくらいにリアリティがありますよね。全く違う世界にいる僕らからすると、銀行や信用金庫の内側を覗けたようで本当に面白いです。
池井戸： 金融の世界は変化が激しいですが、根底にある、お金の貸し借りをする人間の存在は変わらないですよね。日々どこかの会社が資金ショートしている現実も変わらない。
昔は大変でしたよ。伝票を全部まとめて、たとえば計算上の手元現金と実際の残高が合っているかを確認するんです。たまに合わないことがあると、支店全員で間違いを探す。
石丸： なぜ合わなくなるんですか？
池井戸： よくあるのが入力する桁の間違いですね。100万円と10万円を間違える「けたち」というやつです。
石丸： けたち！初めて聞きました。
池井戸： でも実は、その場合正しい数字と誤った数字の差額が9で割り切れる。今の例だと差額は90万円なので、「100万円の伝票を探せ！」となる。今の銀行は知りませんが、僕のいたころは計算照会が完了すると、「本日の計算、ゴメイ（ご名算）になりました」と放送が流れてた。そこでみんなで拍手するんですよ。ほっとひと息といったところです。
石丸： すごい世界ですね。
池井戸： 今回のドラマでは原作にはないシーンが加わっていると聞いています。ドラマならではの解釈や切り口がどうなっているのか、出来上がりがすごく楽しみですね。いつもご一緒している信頼できるスタッフ・キャストが揃っているので、地に足のついた、見ごたえのある人間ドラマになるんじゃないかと期待しています。
石丸： 僕が演じる役も、登場の仕方がすごくミステリアスなんです。サンタクロースの扮装のまま「日本の会社の99％は中小企業」という事実を提示して、物語を始める。その切り口がシャープだなと。人生を浮き彫りにするような、濃い2夜連続のドラマになりそうです。私も出来上がりが本当に楽しみです。
池井戸潤
1963年岐阜県生まれ。慶應義塾大学卒。98年『果つる底なき』で江戸川乱歩賞、2011年『下町ロケット』で直木賞を受賞。主な作品に「半沢直樹」シリーズ、『シャイロックの子供たち』『空飛ぶタイヤ』『俺たちの箱根駅伝』など。
石丸幹二
東京藝術大学在学中の1990年、劇団四季入団。『オペラ座の怪人』でデビュー、劇団の看板俳優として『美女と野獣』等に主演し、07年退団。現在は、舞台、映像、音楽と活動は多岐にわたり、『題名のない音楽会』、『健康カプセル ゲンキの時間』の司会も務める。デビュー35周年の今年、オーケストラコンサートを全国6都市（7公演）で開催。
