「演じていいのかな」という思いを抱えながら挑んだ作品

 その意識は、ドラマ初主演となった『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』(2023年)、映画『あんのこと』(2024年)と立て続けに主演、それも実在する人物をモデルとした役を経験することでさらに高まっていく。とりわけ『あんのこと』で演じた杏という少女は、母親から虐待を受け、薬物中毒に陥りながらも、介護職を得て夜間学校にも通い社会復帰を目指していた矢先、コロナ禍で失職したあげく自ら命を絶った女性をモデルにしていただけに、《演じていいのかな、映画にして人に見せるなんてことをしていいのかなという思いがずっとのしかかっていた》という(『キネマ旬報』2025年2月号増刊)。

 同作の入江悠監督とは撮影に入る前、モデルとなった女性について「かわいそうな存在と考えるのはやめよう」と確認していた。監督としては、《河合優実さんという俳優の肉体を借りて、モデルとなった女性が向き合っていた世界を、皆で一緒に再発見していきたかった》という(『あんのこと』公式パンフレット、キネマ旬報社、2024年)。河合もその意図を理解し、《演じる上でも切なさや痛々しさを共有するアプローチではなく、「殴られたら痛い」とか「人にこういうことを言われたら傷つく」とか、切実な瞬間を感じることに集中しました》と語る(『サンデー毎日』2024年6月9日号)。

映画『あんのこと』(2024年)

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 それだけに演じるのは精神的にかなり負担が大きかったはずだが、彼女は全身全霊で役と向き合った。杏もしくはそのモデルになった人と、心の中で手を繋いで離さない気持ちがあれば倫理的に許されるのではないかと思い、《毎日撮影に行くときには『行ってきます』とか、勝手に話しかけたりしていて。そういうことを続けていると、イマジナリーフレンドじゃないですけど、近くにいるような感覚に、最後のほうではなっていって》とのちに明かしている(『キネマ旬報』前掲号)。