張り込み1回目。不審者と思われないように注意を払いながら、自宅が見える場所に車をとめて待つ。午後、本人とおぼしき男性が妻らしき女性とともに車で外出した。日焼けした精悍な顔に刈り上げた髪。袖をまくった白い半袖Tシャツから太い腕が伸びている。ズボンはベージュのニッカボッカ。仕事は建設関係にでも変わったのだろうか。

 1時間後、小さな子どもを連れて車で戻ってくる。もうひとり別の子どもが徒歩で帰宅する。ルポの描写から推察するにF本人の可能性が高い。しかも家庭を築いているようだ。もし妻や近所に事件のことを話しておらず、取材によって発覚してしまえば、彼の生活を壊してしまうことになる。取材とはいえ、そんな権利はマスコミにはない。彼がひとりになる瞬間を待つしかない。

 2回目、午前8時。初日に見た車はもうなかった。女性が子どもを連れて自転車で外出。午後8時過ぎ、Fとみられる男性が車で帰宅したが、声をかけるタイミングがない。

ADVERTISEMENT

 遠目には、家族とともに歩く姿は幸せそうだった。子どもと過ごす時間を楽しんでいるように思えた。2人の子どもと妻との平穏な生活を送っている人を監視して、僕は何をやっているんだ……。張り込みをしながら自分自身に嫌悪感を抱いた。相手は気が付かないかもしれないが、自分の行為が不遜に思えて仕方がなかった。

「なんの件ですか?」「11年前の事件です」

 4回目。午前6時過ぎ、男性はひとりで玄関から出てきた。妻や子どもはいない。はじめてひとりになった瞬間だった。僕は車を降りて小走りで近寄った。相手が車のドアに手をかけたとき、声をかけた。

「Fさん、こういう者ですけど……」

 名前を呼ぶとこちらを振り向いた。驚いた様子はない。Fでほぼ間違いない。すかさず名刺を渡すと、彼は素直に受け取った。

「ちょっとよろしいですか」

「なんの件ですか?」

 大きな声にならないよう、そっと言葉をかけた。

「11年前の事件です」

 綾瀬事件とはまだ言わない。万が一本人でなかった場合の予防策だった。

「ああそうか」

 ひとことFは漏らし、声をかけられた理由を察したようだった。彼で確定だ。

江東区若洲の遺棄現場周辺 著者撮影

「これを読んでほしいんですけど」

 手紙を渡した。すると彼は周りを気にするような素振りをして言う。

「僕には家族もいるんで……」

「わかっています。だから朝早く……」

「この手紙、今読んだほうがいいですか?」

「いえ、あとで結構です」

「これを読めばわかるのですか?」

「はい」

 これ以上会話を続けると邪魔になると思い、Fが車に乗り込む前に頭を下げてその場をあとにした。歩きながら、もう一押しして次に会う時間や場所を決めておけばよかったと、一瞬後悔した。だが、「いや……」と自分に言い聞かせるように首を横に振った。急かすようなことはしない。待とう。