僕は取材ノートとは別に、そのときの自分の感情を書きとめた。
ため息ばかりが出る。心は重く暗い。
話すこと6時間。僕らは本当にいろいろ話し合った。事件のこと、最近の少年犯罪のこと、子どものこと、妻のこと。彼は言葉を選びながらも本当に話してくれた。
僕は同調するわけでもなく、慰めるわけでもなく、ただ黙って聞いていた。僕に語れることは自分自身のこと。この取材で何を伝えたいのか、率直に話すだけだった。
今、心の中は縄で縛られたかのように苦しい。
彼と彼の家族を考えると、やはり取材をしないほうがいいのではないかと思ってしまう。彼がやっと築き上げている、しかし危うくバランスをとっている生活を壊してしまうのではないかという複雑な思いだ。
僕にそんな権利はあるのか。
彼が取材に応えてくれたとして、彼が背負ったものを僕がすべて責任を持てるものではない。十分にうまく伝えることができるのか。
頭がこんがらがって、彼が取材に協力してくれると言っても、嬉しくない。心の中がますます重くなるだけだ。
彼は僕が興味本位ではないことが分かったという。僕自身の考えにうなずいてくれた。信頼関係は築けたか。いずれにしても彼の信頼を万が一にでも裏切ることはできない。
Fからの連絡「……妻も納得してくれました」
三宅島の噴火と全島避難、海上自衛官によるロシアへの情報漏洩、北朝鮮からの日本人妻の里帰り……日々のニュースをこなしながらFからの連絡を待ち続けた。10日後、ポケベルが鳴った。緊張しながらすぐに電話をかけた。
「あのあと妻とよく話したんですけど……」
一瞬の間。こういう前置きがあるときは断られることが多い。息をのんで次の言葉を待った。
「……妻も納得してくれました」
Fによると、昨日の朝まで2人で話し合ったという。僕は嬉しさと同時に、申し訳ない思いが押し寄せた。自分が切望した取材が叶うことになったものの、こんな複雑な気持ちになるのは初めてだった。気持ちの整理がつかないまま、インタビューは9月23日に決まった。
課題がいくつもあった。まずどこで撮るのか。インタビュー場所は自宅がいちばんだ。慣れた環境で本人がリラックスできるし、何よりも映像に取材相手の生活や日常の空気感みたいなものを映し出せる。だが今回は自宅以外が条件だった。
匿名インタビューの場合、テレビ局の会議室やホテルの部屋が手っ取り早いが、そうはしたくなかった。照明を当てて仰々しい雰囲気にするつもりは毛頭ない。また、顔にモザイクをかけたり、首から下だけ映す構図にしたりするのも、「いかにも犯罪者」というイメージを作り出してしまう。ただでさえ「綾瀬事件の加害者」となると、視聴者の共感は得られにくい。
でも大事なテーマであるし、Fの話をしっかり聞いてほしい。それを具現化する映像が必要だった。僕は柳本大介カメラマンとともにロケハンのために都内を回った。Fの自宅から遠い場所で、日中は小さな子どもを連れた母親が散歩する公園を選んだ。