Fは12年前のことを、まるで昨日の経験のように語る。後悔や罪悪感を繰り返し思い起こすことで、心に消えない痣ができているのだろうか。

最初の1、2日というのはどうしてもショックが大きくて

「チャンスはあったんですね。綾瀬のマンションで母子強盗殺人事件(1988年11月16日)があって刑事が家にも聞き込みに来たんですよ。何とか相談してみようと思って、刑事に『ちょっと相談があるんですけど』と言いかけたときに、刑事は『悪いけど担当違うから少年課に相談に行って』と言ったんです。当然、刑事はそんな事件が起きているなんて夢にも思っていないだろうし、自分の事件で頭がいっぱいだったと思うんですけど、結局それでその機会を逃しちゃったんですね」

 Fは12月の暮れにはAたちと関係を絶ち、綾瀬に近寄らなくなっていた。事件の結末は、ニュースで知った。Fも強姦容疑で警察から取り調べを受ける。

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事件を報じる週刊誌の記事 著者撮影

「彼女が発見されたときの写真を出されたんですよ、目の前に。刑事に頭をつかまれて写真の前にぐっと近づけられて、『やったんだろ、やったんだろ』とずっとその繰り返しで。つらくて写真も見られないんですね。彼女と話したことや、生きていた姿を見ていただけに、すごい姿で写っていましたから。涙がボロボロ出てきてしまって、とにかく申し訳ないことをしたと」

 犯行の関与度合いは低かったため、成人と同じ刑事裁判にかけられることは免れ、家庭裁判所の審判で少年院送致が決定した。Fは長野県の少年院、有明高原寮で半年間を過ごした。

「最初の1、2日というのはどうしてもショックが大きくて、食事もとれなくて」

 少年院ではまず事件についてノートに書き記し、自分を見つめ直す作業から始めた。そして、都合の悪いことから逃げる自分の性格が、被害者を救えなかった原因だと思い知ったという。

「彼女がああいう形で死んだというのは悔しいですか?」

「悔しい。悔しいのもそうなんですけど、自分で自分に腹が立つというか、自分も危ない目に遭うかもしれないですけど、少なくとも誰も死なないで済む可能性だってあったわけじゃないですか。もうちょっと彼女の立場になって本気で考えてあげられたら、もうちょっと違う形でいろいろとあったんじゃないかなと。そうですね、悔やんでも悔やみきれないですけど」

 Fの声が震えていた。その真剣な眼差しに、噓は感じられなかった。

「あそこまで真剣に人の命の大切さとか、一つの言葉にしても人がどう取るかということを学ぶところがないですから、普段の生活のなかでは。そんなこと真剣に思う時間もないですし、半年間丸々いたんですけど、いろいろな意味で考えさせられて、自分が変われた半年間でした」

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