ここで一度、構図を整理しておこう。高市政権にとって維新は数合わせの存在かもしれないが、維新にとって連立は「責任を取らずに要求を通す」ための舞台装置になっている。このねじれが、強引さと茶番を量産している。
毎日新聞は「改革に値しない茶番劇」と…
読売新聞は社説で「強引さ目立つ維新の振る舞い」と書いた(12月18日)。衆院定数削減をめぐり、1年以内に結論が出なければ45議席を自動的に減らす条項を盛り込んだことなどを問題視した。
毎日新聞社説は、さらに辛辣だ。「改革に値しない茶番劇」(12月17日)。
この「茶番」という言葉には見覚えがある。吉村代表自身が、定数削減法案が進まないことを「茶番劇」と批判していたからだ。毎日新聞は、その言葉をきれいに返したのだ。
《与党が身勝手な「改革」アピールに血道を上げた末、実現しない責任を野党になすりつけようとする。まさに茶番劇である》
さらに、吉村氏に近い維新関係者はこう証言する。
「吉村氏の本丸はそもそも『副首都構想』だ。定数削減に大きな熱量はない」(毎日新聞12月16日)。
副首都構想は連立合意で2026年通常国会までに法案成立を目指すという。それまでは連立離脱もないという見方である。そもそも、政治とカネの問題から急に議員定数削減へ話題をずらしたのは維新だ。一番ずらしたかったのは、どの論点だったのか。最近のスクープを見ていると、答えがチラチラと見えそうだ。
自民ベテランは連立の現状と吉村氏について「国会議員でもない人に振り回されて、連立は長続きしないよ」と語っているという。
もしかしたら、維新は「身を切る」より「身を引く」ほうが、よほど改革になったりして。
