新幹線はしんどいから…奈良から広島まで400キロの運転

 泣きたくなることは他にもあった。がん免疫療法を開始してから約1か月後、夫は「お前の運転する車で郷里の広島に戻りたい」と言い出した。余命宣告を実家に報告し、母校である広陵高校野球部の仲間たちに最期の挨拶をしたいという。ゆう子は震え上がった。

「いやや。てっちゃん、私は運転できんよ」

 夫のトヨタプリウスがあるが、ハンドルはこの40年ほとんど握っていないのだ。住んでいる奈良から広島まで400キロ近くもある。

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「免許あるやないか」

「大阪抜けていくんやろ。大阪の4車線をヒューって抜けるの怖いわ。あれ、私、絶対できへん」

「行くんや! 大阪出るまでわしが運転したる」

 新幹線はしんどいのだ。タクシーも考えたが、衰弱した夫の体は車の助手席を倒して運ぶしかなかった。

夫が妻に車を運転させた理由

 そしてその朝がきた。

 奈良から中国自動車道の西宮名塩サービスエリアまで夫が運転し、そこでハンドルを代わった。肩で息をして、アクセルをゆっくりと踏んだ。瞬きするのも恐ろしい。車線分離標があると、ぶつかりそうに思えて左端を走る。

「寄ってる。左に逃げてるぞ」。毛布にくるまって目をつぶっていた夫が怒鳴った。大型トラックが追いかけてくる。「トラック、ぎりぎり来やはるよ」。また左に寄る。「また逃げた。ほら逃げた」。車線真ん中を堂々と行けというのだ。ブレーキはゆっくり踏め、車間距離は開けろ。言われ続け、べそをかきながらアクセルを踏んだ。

 そんなドライブ旅行を毎月1回、夫婦は続けた。南紀白浜、城崎温泉、淡路島、三重の島ヶ原温泉……季節が秋から冬、早春に移るころ、夫の言葉の端々から彼女はようやく車を運転させた理由がわかるようになった。

――自分が死んでも困らないように、運転をおぼえさせたんや。心底やさしい人やなあ。