浜崎あゆみの楽曲も、現在30~40代の中国人なら多くの人が耳にしたことがある。ゼロ年代の浜崎の絶頂期、中国における彼女の曲は自国の流行曲並みに若者の間で受けていたからだ。ドラえもんやクレヨンしんちゃん、ピカチュウといった日本のキャラクターも、まったく知らない中国人はあまりいない。過去長年にわたり、日本のコンテンツは、中国人との平和的な共通の話題としてとりあえず持ち出せる便利な代物であった。
2010年代以降は、こうした「日本に興味がなくても自然に共有できる日本発のコンテンツ」は弱まった。だが、日本はその後も間接的な形では中国国内で生み出されるプロダクトに影響を与えている。
『原神』や『アズールレーン』などのオンラインゲームはその代表選手だろう。上海に本社を置く『原神』開発元のmiHoYoは、初音ミクへのリスペクトから社名が付けられたほどだ。中国の大手動画共有サイト『bilibili』も、日本のニコニコ動画ほか多数のオタクコンテンツの影響のもとで誕生している。コスプレ文化や同人誌即売会なども含めて、現代の中国の若者が日常的に触れる「国産」の娯楽は、日本の影響で誕生したものがかなり多い。
日本のアニメは“反体制派のカルチャー”か?
対して中国政府としては、もともと若者の日本カルチャー好きは好ましからぬ話である。当局が青少年に積極的に広めたいとは思えない軟弱な文化で、政治体制が異なる社会からの文化侵略だという解釈も可能だからだ。たとえ「限日令」がなくても、日本のコンテンツを制限したいというのが、広い意味での当局の本音だろう。
ちなみに近年の海外でテレグラムなどを拠点に活動する反体制的な若い中国人ネットユーザー(反賊)についても、日本アニメオタクみたいな人たちが多い。もちろん、日本カルチャーを愛好する中国人の大部分は非政治的だが、日本カルチャーの文脈に中国公式のお堅いプロパガンダに対するアンチテーゼを感じる人“も”いるのは確かだ。
今後、仮に5~10年単位で日本のコンテンツの自粛傾向が続いた場合、これまでは政治環境がどうなろうと存在してきた日中間の「ゆるい共通言語」が、大幅に書き換えられる可能性が高い。日本コンテンツのファンどころか、日本の影響を受けた中国側の制作物さえも新たには生まれづらくなるからだ。日本のコンテンツにほとんど触れずに育った世代が、やがて中国社会を担い、コンテンツを消費して制作する側に回ることになる。
漫画やアニメは、現在の日本にとっては高い海外競争力を持つ強いカードだが、今回の「限日令」のトンネルを抜けたあとの中国は消費者の志向自体がかなり変わっている可能性がある。日本のコンテンツビジネス業界には頭の痛い状況が生まれるだろう。

