タマゴの値段が3.9マルクから3兆マルクに

 しかし、追い込み過ぎはドイツ国民の強い反発を招く。

 賠償金総額の52%は、フランスが取ることになっていた。フランス側としては、最終的に戦勝国になったものの、北部がドイツに侵略され、国土が蹂躙された。その恨みに加え、工業力に勝るドイツの復興を脅威に感じており、ドイツを封じ込めるため、徹底的に厳しい賠償を課したのだ。

 実際、巨額の賠償金支払いはドイツの財政を圧迫し、深刻な通貨危機を招く。ハイパーインフレーションの直接的なきっかけは、1923年のフランス・ベルギーによるルール地方占領である。占領に対抗してドイツはルール地方の工場の操業を停止するが労働者への賃金支払いは継続したため、通貨増発によるインフレが加速した。数年前まで3.9マルクだったタマゴ10個の値段がなんと3兆マルクに跳ね上がる。ドイツマルクの価値は暴落し、経済は大混乱に陥った。

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 そこに1929年にウォール街から始まった世界恐慌が拍車をかける。第一次世界大戦最大の債権国であるアメリカは、国内の深刻な不況から資本引き揚げをはじめたので、特にドイツをはじめとするヨーロッパ経済に連鎖的な打撃を与えた。そしてブロック経済制が進み、ドイツの孤立は深まった。

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 失業者の急増は、ドイツ国民の不満を頂点に押し上げた。ハインリヒ・ブリューニング首相による緊縮財政政策がデフレを深刻化させるという悪手も重なった。ブリューニング首相は大統領緊急令に依存し、議会制民主主義を形骸化した。さらに主要銀行ダナートバンクの破綻に端を発する金融危機は、経済状況を一層悪化させ、ナチス党のような急進的な政治勢力への支持を拡大させる決定打となったのである。

「寛大な平和」を訴えていたケインズの警鐘

 かつてヴェルサイユ会議において、経済回復の条件を優先し、ヨーロッパ全体の「寛大な平和」を訴えていたケインズは、著書『平和の経済的帰結』のなかで、「資本主義システムを破壊する最善の方法は通貨を堕落させることだ」というレーニンの言葉に触れて警鐘を鳴らしていた。インフレが進行し通貨価値が毀損されれば、人々は貧しくなり、社会の経済システムへの信頼は根本的に失われる。まさにケインズが懸念した通りのことが現実化してしまったのである。

 通貨の堕落が資本主義を破壊するのである。歴史を見ても通貨が毀損された社会で、人々が長期的に豊かになることは決してない。さらに言うと、経済的な低迷や混乱は、資本主義を成り立たせる自由主義、民主主義を脅かすのが歴史の常である。

 極端に懲罰的な経済制裁は安全保障になるどころか、むしろヨーロッパ全土にナチスドイツの悪夢が襲いかかる最悪の事態を招いてしまった。結局は、1920年に設立された各国の平和と協調を目指した国際連盟もまるで機能しなかったのである。