日本共産党の委員長、議長を歴任し、“共産党の顔”として知られた不破哲三氏が、昨年12月30日に95歳で死去した。元日本共産党政策委員長の筆坂秀世氏が、その存在について語った「宮本顕治と不破哲三」(「文藝春秋」2022年8月号掲載)から一部を紹介します。

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不破哲三の自宅を何度も訪れた

 御年92で今も党常任幹部会に名を連ねる不破哲三さんの自宅は、都心から車で高速を飛ばして約1時間、丹沢の山麓にあります。不破さんが最高指導者だった2000年前後、私は判断をあおぐために何度も訪れました。

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不破哲三

 相模湖ICから山道を上がったところに大きな敷地があり、入口を入るとすぐ左手に小さな一軒家が建っています。これはたしか自宅ではなく、コックさんや運転手が寝起きする場所でした。党本部の食堂部からコックが派遣されているのです。私も何度かごちそうになりましたが、一流ホテルに勤務していた人たちですから、おいしいものがいっぱい出てきます。あとで食堂部の人が「不破さんのところに人手が取られちゃって」とぼやくのを聞きました。

 夫妻(夫人は2020年に死去)が暮らしていたのは2階建ての家でこれは「豪邸」というほどではありませんが、その奥にまた別棟がある。これは趣味の郷土人形のコレクションを納めるためのもの。こけしなどがズラーッとガラスケースに納まっている。海外のものもあって1000体は下らなかったでしょう。私も北京に同行した際、不破さんとは別行動で1人で万里の長城に行きお面を買ってプレゼントしましたが、果たして飾ってくれているかどうか、わかりません(笑)。

 ここを訪れた時、不破さんは生涯、党の最高幹部でいるつもりなのだろうなと思いました。なぜならあの山奥では車の送迎がなければ、暮らしていくことはできないからです。不破さんは運転免許を持っていなかったはずです。

 03年に衆議院議員を退き、06年には議長も退任しましたが、今も党の日常的な指導を行なう常任幹部会にとどまり続けています。党大会での中央委員選出の投票で不信任票が多くなっているのも当然です。私は晩節を汚したと思います。