ファッションデザイナー・ミュージシャンの藤原ヒロシさん、東京大学大学院准教授の斎藤幸平さんによる対談「人新世のブランド論」を一部転載します(文藝春秋2023年8月号より)。

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「脱成長」とファッション

 斎藤 今日僕が着ているのは、藤原さんが「GOOD ENOUGH」時代に手掛けられたマルクスTシャツです。

 藤原 懐かしいな。それにしても、斎藤さんがファッション好きだなんて言っちゃって大丈夫なんですか?(笑)

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 斎藤 「反資本主義のくせに」と、あちこちから矢が飛んできそう……。だから今日は、やや緊張感に包まれながらここにいます(笑)。でもダサい左翼だけじゃ社会は変わらないでしょう!

 マルクス研究者として知られる斎藤幸平氏(36)。人類の経済活動が地球環境を破壊する「人新世」の今、改めてマルクスの主張を読み解き直した『人新世の「資本論」』はいまや50万部に迫るベストセラーとなり、注目を集め続けている。藤原ヒロシ氏(59)は80年代からクラブDJを始め、90年代にはファッションブランド「GOOD ENOUGH」を立ち上げる。以来、ミュージシャン、ファッションデザイナーとして、ストリートカルチャーを牽引してきた。現在は「fragment design」を主宰し、ルイ・ヴィトンやブルガリ、ナイキにスターバックス……と、幅広い企業とコラボレーションしている。
 今回は、斎藤氏のたっての願いで異色の対談が実現した。

藤原氏(右)と斎藤氏 ©文藝春秋

 斎藤 今日の対談、引き受けていただけないかと思っていたんです。

 藤原 なぜです?

 斎藤 私の主張は、気候危機を前に、「無限の経済成長を目指す資本主義を抜本的に見直し、脱成長社会に舵を切れ」というもの。ファッション業界で長く活躍されている藤原さんの考えとは相容れない考え方だろうな、と思っていて……。

 藤原 対談のオファーをもらったとき、「斎藤さんの本を読んで、すこし考えます」って言ったんです。僕に何か話せることがあるかな、と。でも、本の中で斎藤さんの提唱する「脱成長」の考え方は、僕が1980年代、90年代に抱えていた問題でもあるなと思って。

 斎藤 え、そうなんですか? イケイケ成長路線ではなく?

 藤原 経済成長やら、環境問題やらではなく、あくまで個人的な考え、事情なんですけどね。当時、いわゆる「裏原宿系ブーム」で、僕らの周りのブランドが急に成長し出した。僕の会社も従業員がどんどん増えるし、給料も増やしていかなくてはいけない。そうなると会社には成長が絶対に必要なんですね。だけど、これより大きくなるのは不安に感じるようになって、僕は出来る限り成長をやめるほうに舵を切りました。

 斎藤 なるほど。

 藤原 だから、「脱成長」というか、そのままのサイズで運営していくにはどうすればいいかを本当に考えています。2000年頃には「自分で生産能力を持たない」と決めて、今のような他のブランドと組んでプロデュースやデザインを提供するやり方をするようになった。

 そもそも、にわかではありますが、僕も高校生の時にマルクスを知って、『資本論』を読んだんですよ。そこでぶち当たったのが、アナーキストで社会主義の話なのに、なんで『資本(、、)論』なのかと(笑)。

 斎藤 躓きますよね(笑)。でも高校生で、どうしてマルクスを?

 藤原 セックス・ピストルズのメンバーが着ていたTシャツにおじさんの顔がプリントされていて、「誰だろう?」って。それがマルクスで、割と興味を持ち続けていたから、専門家のお話は1度きちんと聞いてみたかったんです。