気鋭の作家、中村淳彦氏と花房観音氏のふたりが東京・池袋の“闇”を描いたノンフィクション『ルポ池袋 アンダーワールド』(大洋図書)が話題になっている。SDGsと再開発の裏で起きる怪異や殺人事件、路上の闇に立つ異常性愛者たちを綴った内容は、実話とは思えないほど“衝撃的”だ。
ここでは、同書から一部を抜粋して紹介。木嶋佳苗死刑囚をモチーフにした小説を書くことになった花房観音氏が、池袋の街と木嶋佳苗死刑囚の関係を記す——。(全2回の1回目/2回目に続く)
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「木嶋佳苗」が気になってしょうがない
2014年、冬。
泊まる予定のホテルの最寄り駅である池袋駅北口の階段を出て地上にあがり、雑踏の中を歩きながら、立ち並ぶ風俗店とラブホテルを眺め、ここが歓楽街だと初めて知った。
池袋という街に来たのは、このときがおそらく最初だ。
中国語が飛び交い、肌の露出の多い女たちと道路に座り込んで煙草を吸う男たちを交わしながら、私は宿へ向かう。
もしも私が若くて都会に慣れていない女の子だったなら、怖くて後ずさりするかもしれないと考えながら歩く。
池袋に滞在を決めたのは、ある人物を描くためだ。
2009年に逮捕された「木嶋佳苗」。
のちに首都圏連続婚活殺人事件として騒がれたのは、複数の男から大金を搾取し殺したとされる容疑者の容姿が注目されたからだ。
ぽっちゃりという言葉ではごまかせない、おそらく体重は80キロは超えているだろう体型と、肉々しい顔に太い眉。どう見ても、「美人」ではない。ネットでは「ブス」「デブ」という言葉が飛び交う。どうしてあんな醜い女が男たちから金銭を得て裕福な暮らしをしていたのかと、人々は沸き立った。
逮捕当時、私の木嶋への興味は、世間並だった。それを小説にしようとしたのは、担当編集者の熱量に押されたからだ。
「私、どうしても木嶋佳苗が気になって仕方ないんです。木嶋のことを、ずっと考えているんです。花房さんなら、木嶋を書けると思うんです」
担当編集者は、30代(当時)の女性だ。美人で結婚もしているし、大手版元で働く、世間から見たらスペックの高い女性だろう。そんな彼女が、木嶋が気になってしょうがないという。