「こいつ木嶋佳苗みたいだな」と罵倒され……
彼女から依頼を受けて、私は苦い記憶を呼び覚まされた。2010年に第1回団鬼六賞の大賞を受賞し、私は小説家になった。様々な賞に応募し、ひっかかったのが官能の賞だったが、それまで官能小説なんて書いたことはなかったし、団鬼六という冠でなければ応募しなかった。そうして私は思いがけず「女流官能作家」という肩書をつけられ小説家になった。わざわざ「女流」と言われるのは、官能は男のものだという前提なのだろう。
デビューしてすぐ、あるスポーツ新聞の取材を受けて、その記事がウェブに転載された途端、匿名掲示板で私の容姿への誹謗中傷がはじまった。
「ブスが官能書くな! 死ね!」
「デブスのババアのセックス話、気持ち悪い!」
「こいつの写真を見て、吐きそうになった」
匿名掲示板の投稿は、幾つかのまとめサイトになり、拡散する。それを見た友人たちも、私が傷ついていないかと心配していたほど、容姿に対する罵詈雑言はひどいものだった。一度も会ったことのない人たちに、私の容姿は罵倒され、憎悪をぶつけられていた。
その中に、「こいつ木嶋佳苗みたいだな。デブでブスのくせにセックスがどうとか」という書き込みもあった。
それを見て、私は、「あれよりはましだ」と思ってしまった。私は確かにデブでブスのババアで気持ち悪い、死んだほうがいい女かもしれないけれど—木嶋佳苗よりはましだ、と。
そう考えたときに、自分が木嶋の容姿を見下していることに気づいたのだ。木嶋佳苗の事件が騒がれた当時、彼女の容姿につかれた悪態を目にするたびに、たとえ犯罪者であったとしても女の容姿はこれほどまでに叩いていいものだという世間の空気を不快に感じていたくせに。
木嶋に向けられた容姿の罵倒は、私に向けられたものと同じだ。そのくせ私は、「あの女よりも自分はましだ」と思っている。けれど、私と木嶋は、全く正反対の人生を送ってきた。
私は初体験の男に数百万円を渡して消費者金融で借金を作り、若い頃は返済のためにひたすら働き続けて苦しい記憶しかない。同世代の女たちが、若さを武器にして、男に豪華な食事をおごってもらったり、海外旅行に行ったり、ブランド物をプレゼントされたり、そんな話を聞くたびに、我が身を呪った。自分が醜いから、男から愛されないのだと信じていた。
けれど木嶋佳苗は、あんな容姿なのに、勤めをした経験もほとんどなく、長年にわたり男からもらった金で裕福な生活をしている。それは私には生涯、手の届かない恵まれた生活だった。私は、ずっとお金がなくて、働き続けてきた。男は私に金を要求し、返さない。自分はそれぐらい価値のない女なのだと思って生きてきた。
同じ醜い女でも、木嶋は勝ち組で、私は負け組だ。
この差は、なんだ。