現在でも勿論、『信長の野望』シリーズは最新作が更新されているが、どうも90年代からゼロ年代初頭の時代でゲームが止まっている私からすると、グラフィックが綺麗で立体的すぎて、ここ15年近く食指が伸びていない。HEX(六角形のマス)に鉄砲隊を進めて「雨撃」(天候が雨でも鉄砲が使える)所持武将に大部隊を任せるのが私の好きな戦術だが、最近のはゲーム的に比較にならない進化をしていて、まるで映画を観ているようで好かない。
話が逸れたが、ともあれ『シバタツの野望』は二度と見られない。閉鎖前にログを保存しておくべきだったと後悔している。
テキストサイト全盛時代から続く老舗
もうひとつ、懐かしのサイトと言えば『虚構新聞』である。「え、『虚構新聞』って今もあるよね?」という人が居るかもしれないが、その通りだ。
『虚構新聞』はテキストサイト全盛時代の後期、2004年から続いている老舗中の老舗である。『連邦』や『侍魂』よりはやや後発だが、嘘ニュースを書いて、それを嘘と知りつつ楽しんで嗤う、というテキスト時代の古き良き伝統を現在もほぼ唯一存続させているサイトである。現在ではスマホ時代に即応してサイトの構成がお洒落になったが、コンセプト自体は初期から全く変わっていない。
一番変わったのは受け手だ。ここ数年、『虚構新聞』が発する嘘ニュースを本当に真剣に信じて拡散する人が居るというから驚愕する。東京23区全体にドームを張ってエアコンをつけるとか、そういった一瞬で「馬鹿な」と思うニュースを何の躊躇いも無く「税金の無駄だ!」と怒り狂う人が居るという。ちょっと前に話題になった「国際信州学院大学」の件も全く同じ構造だ。ギャグが通じない。ケタケタと遠くから世の中を斜めに見て嗤ってやろう、というウィットが全く通じないのである。嘘を嘘と見抜く基礎的センスや教養が欠如しているのだ。
ネット人口が増大したからなのか……
冒頭に書いたとおり、私の青春時代、ネットは危険と嘘と淫靡だけで出来ている空間だと誰もが認識していた。ネットで実名を晒すことは死を意味したし、匿名で他人を誹謗中傷すると、プロバイダーから警告が来て退会処分になった。
だから隠語やスラングが流行った。そういった遊びや余裕が消え失せて、『虚構新聞』が本当のことだ、と信じるネットユーザーが存在するとは、世紀を超えたばかりのあの時代、誰もが思わなかった。
原因は、ネット人口(母数)が増大したからなのか。それともネットを使う人々の知性が劣化したのか。判然としない。しかし3分の動画を見て「ネットde歴史の真実を知った!」という輩は、確実に90年代~ゼロ年代初頭では馬鹿だと思われていたし、面前で「君はafoだね」と説教を喰らっていた。今そんなことをしたら「お前は日本を貶める反日勢力だ!」とレッテルを貼られるのだろうか。国会議員にすらこんなのがいる。実に不気味で嫌な時代である。